近藤 繁(こんどう・しげる)
株式会社ココペリ代表取締役CEO。慶應義塾大学理工学部情報工学科卒。2002年株式会社みずほ銀行に入行し、中小企業向け融資業務に従事。その後、ITベンチャー企業を経て、2007年6月に株式会社ココペリを設立し、代表取締役CEOに就任。地域の金融機関が連携して取引先の経営支援を行うプラットフォーム「Big Advance」や、金融機関が提供するオンラインサービスのプラットフォーム「BAポータル」などを手掛ける。
BtoB企業にとって、新規の販路開拓は難しい現実があります。特に地方の中小企業であれば、古くから付き合いのある、地元の企業との取引がメインであり、地域を超えた出会いは、なかなか実現できません。
そんな課題を解決するのが、Big Advanceというサービスです。日本全国の金融機関同士のネットワークを構築し、それぞれが取引のある企業同士をマッチングすることができます。
このシステムを開発した株式会社ココペリ代表の近藤繁氏は、中小企業の仕事が全国へと広がることについて、「誰もが自分の仕事内容を誇れる社会にしたい」と語ります。「どの会社で働くか」ではなく、「どんな仕事をしているか」。誰もが本当のやりがいを持って働ける世の中では、どのようなことが起こるのでしょうか。
「その企業」の「その時期」に「その人」が使えるシステム
当社の主力事業は、Big Advanceという中小企業の経営やDXを支援するプラットフォームの開発・運営です。主なユーザーは地方の中小企業ですが、私たちが企業と直接契約するのではなく、地方の金融機関から取引のある企業へ提供していただく形です。全国47都道府県、約80の金融機関とパートナーシップを組んでいます。
Big Advanceの一番の特徴は、地域の枠を超えた企業と企業の出会いをサポートするビジネスマッチング機能です。これについては、後ほど詳しくお話しします。
ほかには、ホームページ作成、社内コミュニケーションのためのビジネスチャット、補助金・助成金の検索システム、福利厚生の一環として従業員に使っていただけるクーポンをお届けする「FUKURI」など、合計13の機能が揃っています。企業の経営課題はさまざまですが、特に地方の中小企業ではこうした部分がカバーできていないことが多い。実際のニーズの中から、汎用的に使えることを基準に機能を開発しています。
ただ、大前提として、経営課題は企業によって異なります。さらに同じ企業であっても、時期によって課題は変わります。より解像度を上げれば、企業で働く「人」によっても必要なツールは変わります。
例えば、社長や営業部長であれば販路開拓のためのビジネスマッチングが役立つでしょうし、総務部長であればホームページ作成の機能を使ってもらうことができます。企業で働くすべての人が、何かの課題を感じたとき、「あ、あれが使えるな」と思い出してもらえるシステムを目指しています。
中小企業の場合、今までウェブサービスを導入したことのないところもあります。そうした企業にも使っていただくためには、低価格でお届けできることが非常に大事です。Big Advanceは、月額3300円(税込)で、ほぼすべての機能を使うことができます。このサービスを始めて6年間で、6万5000社以上に導入してもらうことができています。
全国の企業とすぐに直接やり取りできる
これまで、地方の中小企業にとって販路開拓は難しいことでした。BtoCの事業であればECなどの手段もありますが、BtoBでは特に難しい。知らない企業にアプローチをしようと思っていても、そのつながりを持つことができません。
Big Advanceでは、47都道府県の金融機関のネットワークにより、遠く離れた地域の企業同士でもマッチングすることができます。ある静岡の鋳型製造を行う会社では、いずれは大手の商社と取引したいと考えていました。ただ、まだ創業2年目で知名度は低く、営業担当者も十分ではない。まだまだこれからかなと思っていましたが、Big Advanceのビジネスマッチング機能を使うことで、大手商社と契約できたそうです。
従来のやり方であれば、創業して間もないメーカーが大きな商社と取引できることは少ないでしょう。Big Advanceでは、自社を知ってもらう可能性が高まることに加えて、金融機関による紹介ということで、相手からの信頼感も高くなります。
ただ、中小企業の中には、「いま以上に販路を伸ばす必要はない」と考える人もいます。既存の取引先さえ大事にしていれば現状維持できる、という経営方針です。
この点で、結果的に私たちにとっての追い風になったのが、新型コロナの流行です。多くの企業で既存の取引が止まり、物理的な移動も難しくなりました。それまでずっと「いまのまま進もう」と思っていたのが、いきなりストップがかかってしまった。必要に迫られる形で、ビジネスマッチングのニーズが顕在化しました。Big Advanceによるビジネスマッチングは、これまでに14万件を超えています。
こうしたシステムによる新しい出会いの創出を、私たちは「ビジネスマッチングのリプレイス」と呼んでいます。ビジネスマッチングを行う仕組みはいくつかありますが、そこにはさまざまな課題がありました。まず、マッチングを望む企業のニーズが正確に伝わらないことです。企業の事業について、仲介する人がその業界のプロフェッショナルではありません。例えばネジ工場を支援していても、担当者はネジの作り方を詳しく知っているわけではない。企業からニーズをヒアリングしても正確には理解できず、適切なマッチングは難しくなります。
それに、従来のやり方ではマッチングのタイミングが合いづらいという側面もあります。すぐに適切な企業につなぐことができればいいのですが、現実には難しい。実際にマッチングしようとしたとき、すでにそのニーズは消えているということもあります。
最後に、マッチング先の母数が少ないという課題です。紹介できる企業はどうしても限られてしまいます。
Big Advanceでは、これらの課題を解決しています。まず、ニーズの書き込みも検索も企業自身が行うので、プロ同士のやりとりができます。また、マッチングを申し込んだ時点で金融機関を介して相手に通知が届き、常に新鮮なニーズでアプローチできます。かつ、全国の金融機関でネットワークが構築されており、地域をまたいだマッチングが可能です。
こうしたシステムにより、地元だけではなく全国の企業を対象にビジネスができます。さらに今後は、同様のビジネスモデルで世界展開を進めていきます。仮に地方の企業が日本中から注文を取り尽くしても、海外の案件を取りに行くことができる。BtoBの可能性は無限大に広がっていくと考えています。
全国の金融機関と同じゴールに向かう
全国の金融機関が、自分たちの地域の企業と、ほかの地域の企業をマッチングさせる。ここが私たちのサービスの要点だと捉えています。
金融機関の使命は、地元の経済を成長させること、そのための企業支援です。それぞれの地域で、同じ想いを持っている人たちの集合体をつくる。そうした一体感が、日本全体を元気にしていくはずです。
Big Advanceによるビジネスマッチングが多くの金融機関に受け入れられたことには、外部環境の変化もあります。
事業を立ち上げたのは、「フィンテック(従来の金融サービス:Financeと新しい技術:Technologyを組み合わせた領域)」という言葉が話題になり始めたときでした。革新的な動きではありましたが、金融機関にとっては不安の対象でもあります。
当初、フィンテックには「従来の金融サービスをひっくり返すもの」といったイメージがありました。当時はマイナス金利政策の影響もあり、金融機関の不安に拍車をかける形になっていました。現在、フィンテックにかつてのような雰囲気はありませんが、私たちはサービスを立ち上げた当初から、「金融機関が時代に合った金融サービスを実現するために、私たちはテクノロジーでサポートします」という姿勢を貫いて参りました。
全国の中小企業が元気になるために、私たちのシステムを活用して、金融機関が主体となって支援を進める。多くの金融機関に受け入れてもらえたのには、ゴールが共通化できたことが大きかったのだと思います。
私たちが金融機関と協業する形のサービスを始めた背景には、私の経験があります。以前、経済産業省の支援プログラムでシリコンバレーを訪れたことがあります。そこで現地のフィンテック企業や金融機関の視察をしました。
アメリカでも、フィンテックの立ち上がり当時はディスラプト(業界ルールの再定義)の流れでした。しかし、私が視察をした時点では、企業と金融機関は協業の道を選んでいました。つまり、フィンテック企業のテクノロジーと既存金融機関の取引先ネットワークを掛け合わせるビジネスモデルこそが提供価値の最大化につながっていたのです。日本でも、地方の中小企業を伸ばすためには金融機関と同じゴールに向かって進むことが近道だと考えるようになりました。
「どの会社で働くか」ではなく「どんな仕事をしているか」
日本の経済成長を考えるとき、大企業が話題になることが多いですが、日本の企業の99%は中小企業です。私たちはマジョリティに対してサービスを提供しているのであり、この構図自体は珍しいものではありません。ただ、実際には中小企業を対象にしたサービスではマネタイズが難しいから、取り組む企業が少ないということだと思います。
私は愛知県の出身で、地域の中心はトヨタ自動車でした。そこに1次2次3次と、たくさんの下請け企業がある。トヨタ自動車が元気であれば地域全体が元気、トヨタ自動車の調子が悪ければみんな調子が悪いという構図で、トヨタ自動車に就職した人は「勝ち組」といった雰囲気もありました。
大学進学で東京に出て、在学中に1年間アメリカに留学したことがあります。その時に、ポジティブな意味で大きなカルチャーショックを受けました。アメリカでは、みんな「どの会社で働いているか」ではなく「どんな仕事をしているか」を話します。
そうした姿を見て、「そうか」と納得しました。「大きな会社に入るのが成功」「有名な企業に勤めている人が尊敬される」ということではなく、「どんな商品を作っているか」「自分の仕事が世の中にどんな影響を与えているのか」を誇るのが正しいあり方です。
その後、私は大手の銀行に入って4年ほど勤め、中小企業向けの融資に従事しました。そのとき、出会った中小企業で働く方々から、アメリカで知った価値観に共通するものをすごく強く感じました。
例えば、あるコンクリート製造業の会社では、マンションなどの地盤を固めるための杭を製造していました。工場を訪ねると、みなさん地盤づくりの構造や自分たちの持つ特許について楽しそうに語ってくれました。「俺たちは土地を見るときに、駅からの距離では考えない。地盤で見るんだ」と言います。それから私も不動産情報を見るときには、地盤に注目して見るようになりました。
現場で働く人から、仕事に対する熱い想いを聞くのがすごく面白い経験でした。世の中には会社名ではなく、仕事内容で勝負している人がたくさんいる。目立たないけれど、自分はこっちのほうが好きだな。では、そうした企業に対してどんな支援ができるか。私は大学の情報科で学んでからずっとプログラミングをしていたこともあり、ITサービスでの支援をしようと考えました。
「どの地域」の「どんな規模」の会社でも仕事を誇れるように
ITサービスの一番の価値は、より多くの企業を支援できることです。それから、GDPが伸び悩む現代、やはり中小企業の生産性は改善すべきです。その方法はさまざまに考えられますが、最も有効で、多くの企業が出遅れているのがITの活用です。
多くの企業では、どうにかIT対応を進めなければいけないと考えています。一方で、言っていることとやっていることにギャップがあるケースも目にします。例えば、「人が全然採用できない」という課題を自覚しているのに、ホームページすら作っていない企業もあります。あるいは、「DX」という言葉を聞いただけで拒否反応を示す経営者もいます。
アメリカでは、ITツールに合わせて業務の形を変えます。便利なものがあるなら、それを使うことを前提にして働き方を変えたほうが効率的なわけです。しかし日本では、多くの人達が自分の業務にITツールを合わせようとします。そうした人たちにも、ITの持つ新しい可能性を提供していきたい。どのようにすれば抵抗なく受け入れてもらえるのか、実際に経営に役立ててもらえるのかと考えて行き着いたのが、このビジネスモデルです。
私たちのミッションは「企業価値の中に、未来を見つける」です。
ある地方の小さな縫製会社では、社員は家族だけ。自分たちでぬいぐるみをイチから作ります。その会社がBig Advanceを導入したところ、別の県の大企業からぬいぐるみ製造の依頼が来ました。
日本の国内には、ぬいぐるみを自社だけで作れる企業はほとんどなく、製造過程のどこかに海外の企業が入るそうです。大企業は自分たちが権利を持つキャラクターのぬいぐるみを作りたいけれど、海外の企業が製造することで模倣されてしまうかもしれない。また、関わる企業の数が多くなるほど、その危険性も高くなります。それで、1社で完結できる企業にオーダーしたのだそうです。
縫製会社からすれば、それまで自分たちの技術は当然のもので、特別なものだとは思っていなかった。それが外部から依頼を受けることで、大きな価値だということに気付いた。であれば、さらに別の企業と取引できる可能性が出てきます。
こうしたマッチングの事例が全国、世界へと広がれば、本当にすてきなことだと思います。どこの地域で働いていても、小さな規模の会社であっても、自分の仕事を世の中に広げていくことができる。たくさんの人が「どんな仕事をしているか」を誇ることができる。親が子供に、「あの商品は私たちが作っているんだぞ」と自慢できる。そんな幸せなストーリーが、たくさん生まれていくでしょう。