井口 剛志(いのくち・つよし)
株式会社ベンナーズ代表取締役。長崎県長崎市出身、福岡育ち。父と祖父母が水産業に従事する家庭で育ち、高校2年生のときに渡米。ボストン大学でアントレプレナーシップと経営学を学ぶ。2018年4月に株式会社ベンナーズを創業。「日本の食と漁業を守る」を経営理念に掲げ、未利用魚を使ったミールキットをサブスクリプションで提供する「フィシュル」というサービスを手掛ける。
作り手・使い手・社会、そして我々も含めた“四方よし”を目指して事業を行う、株式会社ベンナーズ。「日本の食と漁業を守る」をビジョンに掲げ、プラットフォーム事業や卸売事業のほかに、未利用魚を活用した「フィシュル!」というサービスを展開しています。
未利用魚とは、サイズや見た目の問題で価値がつかず市場に出回らない魚種のことで、その多くが廃棄されてしまっています。未利用魚は水揚げ量全体の30~40%を占めると言われ、水産業界の課題になっています。その他にも、現在の水産業界は漁業者の減少・高齢化、日本人の魚離れなど複雑で多岐に渡る課題を抱えています。
同社代表取締役の井口氏は、水産業界で働く父や祖父母の姿を見て育ちました。なじみのある業界の課題を解決したいと起業。未利用魚を扱うサービスを始めた経緯を辿りながら、社会問題を解決するビジネスのあるべき姿を考えます。
水揚げされた30~40%の魚が活用されていない
私は大学を卒業した2018年に、株式会社ベンナーズを起業しました。当社では水産関係の事業を行っており、メインとなる「フィシュル」というサービスは、全国で水揚げされる国産天然魚を使用したミールキットを定期的にお届けするものです。余分な添加物をほとんど使用しておらず、解凍後すぐに食べられるように加工しています。
また、加熱用の商品も含め、生で食べられる鮮度の良い魚しか使用していません。魚嫌いの方の多くは、幼少期に美味しくない魚を食べた嫌な記憶が残っているのではないかと思います。魚嫌いの方をなるべく増やさないためにも、新鮮で美味しい魚を提供していきたいと考えています。
商品に使用している魚のうち約半分は「未利用魚」と呼ばれる魚です。未利用魚とは、味や鮮度が良いのにも関わらず、形が悪い、あるいは水揚げ量が少なく出荷する相当数が揃わないなどの理由で規格外となってしまう魚です。実は、総水揚げ量のうち30~40%ほどが廃棄されています。一般に流通させることができず、私たちの普段の食卓にも並びません。市場に出回るものと遜色のない魚なのに廃棄されてしまったり、限定された地域でしか消費されていなかったりするんです。とてももったいないですよね。
未利用魚の活用については数十年前から課題になっていて、これまでも道の駅で販売したり、学校給食に導入したりとさまざまな取り組みが行われてきました。しかし、継続することは難しく、多くの事業が単発で終わっていました。
これまで、そうした現実を見てきた漁業関係の方の中には、我々のサービスもいつまで続くのかわからないと不安に思われる方がいらっしゃると思います。一方で、「応援します」と言っていただけることもあり、とても励みになっています。「誰かが解決しないといけない問題に取り組んでいる」と期待していただけているのだと思います。
廃棄される魚を有効活用するために
私の祖父母と父は水産業界で働いており、父は魚卸の商売をしていました。水産業界は漁業者の減少・高齢化、日本人の魚離れなど、複雑で多岐に渡って課題が存在しています。特に供給側と需要側が直接の取引を行うことが容易になってきていたため、モノを右から左へ流す今までの商売の構造がだんだん苦しくなってきていました。
その状況を身近で見ていた私は、高い付加価値を加えた商品を作るか、流通の構造自体を変えないと改善するのは難しいだろうと感じていました。
いつか起業したいと考えていたため、大学では起業学を専攻しました。なじみ深いこの業界のために何かできないかという思いを抱えながら、水産業界での起業を選びました。「水産業界に関わるな」という祖母の遺言への反骨精神もあったと思います。
水産業界は、既存の市場が存在するという意味ではレッドオーシャンです。しかし、新しいビジネスモデルが少ないという意味では、ブルーオーシャンの部分も多いと言えます。
まず、流通構造の改革の一端として、全国の漁港と外食産業をマッチングさせていくBtoBのプラットフォーム事業を立ち上げました。また同時に、魚の需要自体を作っていく必要があると考えていました。流通構造をどれだけ整えても、消費者がそもそも魚を食べてくれないと元も子もありません。
そんなときに新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、外食産業が衰退していくなかで新しい事業に挑戦する必要が出てきました。そこで思い出したのが、従来のプラットフォーム事業で産地巡りをしていた際に目にしていた未利用魚です。これをどうにか有効活用できないかとずっと考えていました。コロナ禍で外食ができない分、自宅で美味しい魚を食べたいという方が増えるかもしれない。未利用魚を活用しながら誰でも簡単に美味しい魚を家庭で楽しめるようにすれば、すべての問題を同時に解決できるのではないかと考えました。そこで生み出したのが「フィシュル」というサービスです。
「魚が嫌い」だから魚離れが進んでいるのではない
魚離れが叫ばれている昨今ですが、当時から回転寿司市場は好調に伸びていました。ということは、多くの方は魚が嫌いだから食べないのではなく、魚を料理することが嫌いだから魚離れが起きているのだと言えます。
なぜ魚を料理することが嫌いなのかをお客様に聞いてみると、「魚料理のレパートリーが少ない」「調理方法のイメージがわかない」「骨が多くて子どもに食べさせづらい」などさまざまな意見が出てきました。
ネガティブな声を払拭するため、フィシュルでは解凍後すぐに食べられる状態にまで加工しています。知名度がなく、調理も難しい未利用魚は、なおさらそうした工夫が必要です。
私は、調理方法次第でどんな魚でも美味しく食べられると信じています。だからこそ、魚を仕入れるときは基本的に「来るもの拒まず」のスタンスを持っています。仕入れた魚に合わせた味付けを開発し、毎月1つは必ず新商品を開発するようにしました。その結果、現在は40種類ほどの商品を展開しています。
また、同じ種類の魚でも時期や気温によって身質が変わり、我々が開発した調理方法が合わないことがあります。その場合も、現場の製造チームと連携を取りながら、その魚に合った味付けを都度判断するようにしています。お客様からは、「冷蔵庫にあると安心」「食べたことがない魚に出会えるのでワクワクする」「自分では作らないような味付けで、料理のレパートリーが増えた」といったお声をいただいています。
関わるすべての人の幸せが持続可能性をもたらす
当社のビジョンは、「日本の食と漁業を守る」です。食とは、単に生きるための栄養補給ではなく、感動を与えてくれるものだと思っています。ビジョンに「食」というワードも加えているのは、漁業が衰退してしまえば日本の食という文化もなくなってしまうと考えているからです。
ここまでお話ししてきたように、水産業界にはさまざまな課題が溢れています。それぞれの課題が複雑に絡み合っているからこそ、なにか一つ解決しても次から次へと新しい課題が発生します。しかし、それだけ課題が大きいということは、その分解決できたときに社会へ与えるインパクトも大きいということです。ゆくゆくは日本の水産業界に最も必要とされるリーダーになりたいと思い、このビジョンを掲げました。
我々は、事業を行う上で「作り手よし・使い手よし・社会よし」という意識を大切にしています。この三方が幸せになれるような世界をつくっていかなければ、水産業界のみならず日本の食も持続させることはできません。
まず「作り手」に対して。魚の仕入れについては、既存の商流を壊さないような設計になっています。取引先の企業に生産者の方とコミュニケーションを取ってもらう必要はありますが、生産者の方からの反応は総じてポジティブなものです。
次に「使い手」つまりお客様です。美味しい魚を簡単に食べられることはもちろんですが、フィシュルの購買理由の3位に、「未利用魚を有効活動するという志に共感した」という声がランクインしています。そのため、お客様にはどれだけの未利用魚を有効活用できたのか、数字で共有するようにしています。食べるだけで気軽に社会貢献できるということも、お客様にとって魅力的に感じていただけているのではないかと思います。
また、生産者の顔が見えることもお客様にとっての楽しみに繋がると思います。漁師さんはもちろんのこと、例えば「梅生姜漬け」という商品を作る上で必要な梅干しやシソを作ってくれている農家さんなど、基本的に生産者みなさんの顔が見えるようにお取引をしています。そして漁業を取り巻く環境や海のことなど、水産業界の状況についても、毎月お客様にお手紙を書いてお伝えしています。
最後に「社会」に対してです。フィシュルによる社会貢献は、未利用魚の活用だけではありません。現在、福岡市内の自社工場のほかに、全国10カ所の協力工場でも商品を作っていただいています。日本各地で水揚げされた魚を、その地で加工して流通させており、各地で雇用を生み出すことができています。
社内では、この3つに加えて「我々もよし」というワードも加えています。我々が企業として利益を得て、事業を大きくしていくというサイクルを回すことを目指しています。フィシュルの場合、最初は無料で作れる簡易的なECサイトからスタートしました。しかし、着実に利益を上げていくためにはサブスクリプションの形にしたいと考えるようになりました。そのために、もう少しプロフェッショナルなプラットフォームが必要だとわかり、現在は自社ECサイトを構築できるシステムを利用しています。市場を限定してしまうとその先の成長が見えなくなってしまうので、最初から全国、世界へ売る前提でいなければ、あまり良い商品を作れないのではないかと思っています。
また、企業としての売上だけではなく、社員のやりがいも大事にしています。当社で働くメンバーは自社のサービスに誇りを持ってくれていて、フィシュルがメディアに取り上げられたときもすごく喜んでくれます。
作り手・使い手・社会、そして我々。この四方の幸せが続くことが、持続可能なビジネスの実現につながるのではないかと思います。