鷹觜愛郎(たかのはし・あいろう)
ソウルドアウト株式会社 チーフクリエイティブオフィサー。2011年、東日本大震災を支援する「浜のミサンガ」で仙台クリエイターオブザイヤー・グランプリ受賞。2014年、「rice-code」がカンヌ、ロンドン、ニューヨークADC、ADSTARS、スパイクス等で世界の最高賞を受賞。その他施策合わせて78の海外賞受賞。東京在籍後も、地域課題と向き合うクリエイティブを実践。趣味はDJと落語。
小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)
クロスメディアグループ株式会社 代表取締役。出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開中。編集者としては、約30年間で800冊以上の企画・制作に携わる。近年は『新規事業と多角化経営』『人間主義的経営』『これからのデザイン経営』など、最先端の経営をテーマにした書籍の編集を行う。
[モデレーター]北川共史(きたがわ・ともふみ)
ソウルドアウト株式会社 取締役 グループ執行役員 マーケティングカンパニープレジデント 兼 CCO。1984年生まれ。2007年に株式会社オプトへ入社。2010年にソウルドアウトの立ち上げに参画。東日本・西日本営業部長・営業本部長を歴任し、2018年より当社営業執行役員に就任。デジタルマーケティングの課題解決力を武器に、全国の中堅・中小企業を最前線で支援し続ける。2019年4月より上席執行役員CRO(=Chief Revenue Officer、最高売上責任者)に就任。2021年3月にはグループ執行役員 マーケティングカンパニープレジデント、そして2023年4月より取締役に就任
今、老舗企業の経営は日本の大きな課題であり、国も支援体制も整えつつあります。廃業を選択する老舗企業が毎年ある一方で、堅実な黒字経営を続ける100年企業や、再成長の軌道に乗った老舗企業も存在しています。この厳しい環境の中でも変わらず自己変革を続け、飛躍を遂げる老舗企業にはなにがあるのでしょうか。
成長を志す地方を含む日本全国の中小・ベンチャー企業のネットビジネス拡大を支援するソウルドアウトと、「編集力でビジネスの可能性を拡げる」を掲げる出版社のクロスメディアグループが、老舗企業経営者向けに老舗が変革を遂げる術を紹介します。
本記事は3部構成になっており、前編では、老舗企業のリブランディングについて、デジタルの視点からひも解きます。
※本記事は2024年1月24日にソウルドアウト株式会社と株式会社クロスメディア・マーケティングで共催されたウェビナー「ザ・地方創生~老舗企業が遂げる変貌~」の内容をもとに文章化し、編集を行ったものです
うまく変化できた老舗企業の特徴
北川 老舗企業が時代の流れに乗ってうまく変化できたケースは、たくさんあると思います。そういった企業の特徴を、お二人の視点からお聞かせください。
鷹嘴 まず、インターネットで買えるものや頼めるサービスがどんどん増えている中で、老舗企業でも、このチャネルに相性がいい業種があります。それから、日本では老舗企業が100年、200年と暖簾をしっかり守れている。とてつもなく急成長するということではなくて、地に足をつけて確実な成長を遂げるというのが、老舗企業のベーシックな形だと思っています。
小早川 私もその通りだと思います。少し違う視点で言えば、経営者に尽きるということです。経営者の危機感や覚悟。世の中には商品やサービスが溢れ、マーケティング手法も確立されています。最近であれば、お金も借りやすい。ヒト・モノ・カネの中で大事なのはヒトで、ヒトは誰かと言えば経営者です。
北川 私も経営者の皆さんとお話しする中で、今までの歴史を守ろうとする方と、守りつつも変えていかなければいけないという危機感を持たれている方に分かれる印象があります。どちらが正解ということでもないと思いますが、唯一変わらないのは、時代が変わっていくということです。その変化にアンテナを立てることが、すごく重要だと思いました。
創業者とのコミュニケーション 、企業文化へのアプローチ方法
北川 次に、創業者とのコミュニケーションと企業文化の扱いについてです。創業者というのはステークホルダーの中で最も力があり、重要な存在です。経営者は創業者にどのようにコミュニケーションを取り、創業者から続く企業文化にどのようにアプローチすればいいのでしょうか。
小早川 老舗企業は同族会社がほとんどで、現在の経営者から見て 創業者は父親や祖父になると思います。そこに対して、敬意を持つことが大事です。父親と言ってもステークホルダーですから、関係性を良くしないと、改善や革新的な取り組みを進めていけません。
企業文化へのアプローチの観点では、経営理念や企業理念を時代に合わせて変える必要が出てきます。ミッションはそのままでも、バリューやビジョンは変えていかなければいけない。デジタルの時代にアナログなミッションステートメントを掲げていれば、古臭い会社に思われてしまいます。創業者の持つ価値観に敬意をもって大切にしながら、事業をトランスフォーメーションしていくというのがポイントになると思います。
鷹嘴 シェイクスピアや日本書記の時代から変わらないものもあるし、時代とともに変わるものもある。変わらないものは、喜怒哀楽ですよね。
僕は、感情を動かすコアバリューは変えなくていいと思っています。ただ、その価値の伝え方は変える必要があるでしょう。小早川さんのおっしゃる通り、やはりデジタルによるコミュニケーションをしなければいけない。
一言で言うと、進化と継承です。進化させるべきことと絶対変えずに継承するべきことの棚卸しをしっかりする。私たちがお手伝いするときも、どんな思いで企業ブランドをつないできたのかをしっかりヒアリングしたうえで、継承すべきことと進化させるところをはっきりさせるようにしています。
企業価値を言語化するために
北川 お二人は、企業の持つ価値をそれぞれ違う方法で表現する立場です。鷹嘴さんは、コピーライティングなどの形で端的に伝えていく。小早川さんは、本や記事という分量のある形で伝えていく。どのように企業の価値を言語化していくべきかという点について、お聞かせください。
小早川 私は編集力について話すとき、よく「他人の頭の中を可視化するのがデザインで、他人の頭を言語化するのが編集だ」と言います。デザイナーの方はデザインの力で老舗をリブランディングする。私は企業の価値を言語化することで、売上利益を上げることができると思っています。
当社の場合は、編集者がコンサルタントのように何時間、何十時間も取材を行います。そこから、その会社の価値を文章化し、ストーリーにしていきます。
私自身もそうですが、灯台下暗しという言葉があるように、人のことはよく見えるけれど、自分のことを分かってない場合が多いんですよね。特にビジネスをするうえでは、自分たちが売りたいものと、他人が欲しいと思っているものが違うことがある。そのギャップを埋めつつ、言語化によって企業の価値を最大化できると考えています。
北川 長い歴史があっても、取材でアウトプットして頭が整理されることで、気づきや新しい価値が生まれてくるんですね。
小早川 そうですね。編集者は経営者の深層的な言葉を拾えるんです。特に老舗企業の経営者の方からは、「マーケティング・ブランディングのツールとして本を出すつもりだったんだけど長い歴史を棚卸しできたことに非常に価値を感じました。ありがとうございます」と言われることが多いですね。
鷹嘴 僕の場合は、広告やメディアで表現します。例えばCMなら15秒の中、グラフィック広告だったら1枚のポスターの中で、何百、何千、何万の言いたいことをたった1行のフレーズにして伝える。そぎ落としていく作業なんです。一番コアな部分を短くつくって、あらゆる面で露出することで価値を最大化する。そのための言語化をしています。
北川 どういう基準でそぎ落としていくのでしょうか。
鷹嘴 円を例にすると、360度検証する中で、何十度かずつの分厚いゾーンが見えてきます。まずはその中で、どのゾーンを真ん中にすべきかを決める。そのうえで、真ん中のゾーンの中で、一番的確に、強く人に届く言葉を決めていきます。よく「ナタで切ってカミソリで研ぐ」と言いますが、その作業をとことんやって最後の形に行き着くんです。
新しいプロジェクトを推進するコツ
北川 例えばデジタルを活用するなど、老舗企業が新しいことに挑戦することは非常に難易度が高いと思います。そういったときに、プロジェクトをうまく推進させるコツをお伺いさせてください。
鷹嘴 先ほどのお話で(中編参照)紹介したフルファネルという考え方は、これからすごく大事になっていくと思います。部分最適だと手をつけやすいけれど、全体が回らないケースが多いんですね。
新しいお客様に知ってもらって、好きになってもらって、購入検討してもらって、買ってもらう。老舗の場合、大切なのはその先です。ファンになってもらって、何度もリピート購入していただくという全体の設計をきっちり見据える。そのうえで、部分的な指標を見て進めていくのがいいと思います。
例えば、ショッピングサイトをつくってもお客様を呼ばなければ来てもらえません。そこで獲得効率のいい広告を出そうということになると、ブランドが本当に大事にしていることと違う見え方になってしまう。あるいは、新しいお客様が入ってきづらくなっている。老舗企業には、既存のお客さんがいます。そこに嫌われないようにしながら新しいお客様を増やしていくといように、全体最適の設計が必要です。
北川 なるほど。新規と既存のどちらかではないということですね。小早川さん、社内の人材という観点ではどうでしょうか。
小早川 王道だと思いますが、経営者が陣頭指揮を取るということ。それからEQ(心の知能指数)の高い人をリーダーにして、IQの高い人をスタッフにするのがいいと思います。それからやっぱり予算とスケジュールをきっちり決めること、兼務をさせずに専任でしっかりやってもらうことが重要です。
リブランディングはいつするべきか
北川 老舗企業では、リブランディングが身近なテーマになると思います。鷹嘴さんはリブランディングするタイミングを、どのように考えていらっしゃいますか?
鷹嘴 長く商売をやっていると、お客様の平均年齢がどんどん上がってくるんですね。いいお客様と一緒に成長しているときは気持ちがいいので、お客様の年齢が上がっても見過ごしてしまいます。例えば地域の百貨店の商売が難しくなっているのは、顧客の平均年齢が上がって若いお客様が取れなくなることが理由だと思います。そう考えると、老舗企業ほどリブランディングして、新しいお客様を求めてかなければいけません。10年に1回くらいは、必ず検討が必要です。
すでにメイン顧客が60代だという場合は、いますぐやったほうがいいと思います。シニアを対象としたビジネスの場合は、当然ご高齢の方にアプローチすればいいのですが、もっと若いゾーンのお客様が欲しいと思うならすぐにやらないと、手がつけにくくなってしまうんですね。
北川 ありがとうございます。今日はお二人のお話を聞いて、2点感じました。
理念など、これまで築いたものは大切にしながらも、そこだけに固執しない。新しい価値をつくるという覚悟が必要、ベンチャー企業を一つ創業するぐらいの気持ちで、どんどん新しい価値をつくっていく。そうした風土を築いていくことが大事です。
それから、当然のことではありますが、お客様が非常に重要だなと感じました。今のお客様がどういうクラスタなのか、どういうことを感じているのか、何を価値と思っているのか、そういったところを改めて分析することがとても大切なんですね。