横山栄介(よこやま・えいすけ)
横山興業株式会社代表取締役社長。1976年生まれ、愛知県豊田市出身。1999年慶應義塾大学商学部卒業。同年アラコ株式会社(現トヨタ紡織株式会社)入社。2006年に家業の横山興業株式会社へ入社。取締役、専務を経て2017年に現職に就任。
横山哲也(よこやま・てつや)
横山興業株式会社取締役。BIRDY. 開発責任者。1981年生まれ、愛知県豊田市出身。早稲田大学第一文学部学部卒。ウェブデザイナーを経て、2011年に家業の横山興業株式会社へ入社。2017年に現職に就任。2013年にバーツールブランド「BIRDY.」を創立。2019年には「世界が尊敬する日本人100」(Newsweek日本版)に選ばれている。
「世界のトヨタ」で知られる、愛知県豊田市。その地で戦後間もなくトタン屋として始まった横山興業は、いまや年間85億円を売り上げる中堅企業に成長しています。自動車部品と建築資材の2本の柱のほか、それらの事業で培った技術を武器に、太陽光発電での事業も拡大。さらに、ニッチトップを狙ってカクテル用品ブランド「BIRDY.」を展開し、全国、そして世界の市場での認知を高め続けています。
自分たちの持つ技術を中心に据え、ユーザーの声を聞きながらしぶとく挑戦を重ねる。同社3代目社長の横山栄介氏と、その弟であり「BIRDY.」開発責任者の横山哲也氏に、企業が事業を拡大していくための姿勢を聞きました。
本業に「脈絡」のある事業で拡大する
横山栄介(以下、栄介) 横山興業は私たちの祖父が創業し、今年74年目を迎えます。金属製のトタン板販売から始まった会社で、資材を積んだリヤカーを犬に引かせて運んでいたというエピソードを聞いたことがあります。犬が運べるくらいですから、建築資材とも呼べないような小さな板だったのでしょう。それらを売るだけだったところから、自社で加工して屋根や壁用のトタン板を作るようになりました。これがだんだんと拡大して、現在の建築資材部門になっています。
また、建築資材の部品を作るのに必要なプレスの技術を持っていたおかげで、トヨタ自動車の一次下請けから声がかかり、燃料タンクの蓋のパーツを作るようになりました。いまは主にシートの骨組みになる金属パーツを製造していて、こちらが現在ではメインの事業になっています。タイにも拠点を構えて、そちらでの自動車部品生産にも携わっています。
これら2つの事業を柱に、父(先代社長)はいろんな事業に挑戦していました。その中で、現在も継続しているのが1994年に始めた太陽光発電システムの販売・設置です。まずは自社で提供している屋根材の付加価値を高めようという狙いから、住宅向けに販売設置をスタートしました。3年前からは主に工場の屋根の上に設置する自家消費方式にも事業を広げて、順調に成長しています。
工場向け自家消費太陽光発電での成功は、コンペティター(競争相手)が少なかったことが最大の要因だと思います。発電した電気を電力会社に買い取ってもらう売電方式に比べて、作った電気を自社で使う自家消費方式は、技術的な難易度が高いんです。そこに早い段階で設計・設備選択・設置・販売の事業化準備ができたこと、それに当社の自動車部品事業と関係する分野だったのも一因だと思います。周囲に自動車部品を製造する企業が多く、当社に設置して効果を検証した上で、同業者の事例としてお勧めすることができます。また、経営者の考え方もわかりますし、顧客候補となる会社がたくさんあります
一方で、本業と関連のない分野では撤退することが多かったと聞いています。これは、私たちにとっても教訓になっています。未知の分野だと、どうして上手くいっているのか、なぜうまくいかないのかもわかりません。やはり会社として新事業を考えるのであれば、すでに知見のある分野と何らかのつながりがあることが大前提だと思います。
「プロダクト・イン」+「世の中のニーズ」
栄介 私と取締役(哲也氏)が家業に入り、2010年には弊社初の海外進出に2人とも関わりました。工場の立ち上げはうまくいき、日本の幹部数人が丁寧に教えれば、数年で日本の9割くらいの仕事ができてしまうという実感がありました。
裏を返せば、私たちが自動車部品を作るために必要な技術は、レベルは違えど教えることができてしまうということです。翻って、日本の自社技術を真似できないくらいのものにしないと、日本の本隊も次の世代まで会社を残せないのではないかという危機感を覚えました。そうして、横山興業独自の技術を生かして、ニッチでもトップを取れる商品やサービスを見つけなくては、と考えるようになりました。
そんなときに当社が導入したのがSFP (Smart Forge Press)工法です。従来のプレス工法では切断面がざらざらと粗くなったり欠けたりして、精密な部品加工に向きません。また、切断面をきれいに仕上げるために時間を取られ、工程全体のパフォーマンスも低下します。
SFP工法ではこれらの弱点をクリアでき、磨いたように滑らかな状態で型抜きができます。製造時間は短縮されて、製品の品質も上がります。弊社でも、新たな技術の武器を得て新規の仕事を得ることができるようになりました。
横山哲也(以下、哲也) SFP工法の導入によって、以前より精度の高い研磨ができるようになりました。それを新事業に結び付けられないかと考えてたどり着いたのが、カクテルを作るシェーカーです。そこから「BIRDY.」というバーツールブランドを立ち上げ、新しい収益の柱に育っています。
通常のシェーカーの場合、外面はミラー仕上げといって鏡のように磨かれていますが、内面はあまり重視されません。BIRDY.のシェーカーは内面を一つひとつ職人が手作業で磨き、ツルツルに加工するのではなく、あえてミクロのデコボコを残しています。
そのミクロのデコボコに液体が当たることによって、シェイクをしたときに細かな泡が発生するんです。泡を多く作りたいカクテルではBIRDY.を、そうでないものは既存のシェーカーを使う。なんでもかんでもカクテルをおいしくする製品というよりは、バーテンダーに表現の幅を与える製品だと考えています。
こう説明すると最初から計算していたように聞こえるかもしれませんが、シェーカーが売れるという市場調査の結果とか、内面を磨くことでお酒の味が変わるといった科学的なエビデンスがあって始めたわけではありません。私はお酒が好きで、よく飲みに行きます。あるとき「陶器のビアマグだとビールがおいしく飲める」という話を聞き、容器が飲み物の味に影響するなら、金属製のタンブラーを磨いてみたらどう変わるのだろうと考えたのが始まりです。
そこから日本酒用のタンブラーを作ってみたのですが、うまくいきません。さらにいろいろと試しているうちに、ウイスキーの水割りを作ったら、とてもおいしくなりました。でも、それがなぜなのかすぐにわからず、考え続けてステア(カクテルの材料と氷を混ぜること)に理由があるのではないかと思い付きました。そうしてやっとシェーカーという発想にたどり着いたんです。
栄介 すばらしい技術を持っている企業は、たくさんあります。でも、「こんなものができたけど、どうしよう」といったところで止まってしまうことが多いんです。それがユーザーにとってどんなものか、どうすれば受け入れてもらえるのかという発想にまで至りません。
当社の場合は、「これを本当に価値のあるものにするにはどうしたらいいんだ」と考えます。BIRDY.のシェーカーは内面の研磨が一番の肝ですが、それだけで受け入れられているわけではありません。外側の形はどうするべきか、デザインはもっとシンプルにすべきか、重さはもっと軽いほうがいいのか、その逆がいいのか。試行錯誤を繰り返した結果、生まれたものです。
スタート地点の発想はいわゆるプロダクト・インですが、その上で、世の中のニーズをしっかりと聞いて作っています。どうすれば使いやすいか、おいしくなるかを徹底的に追求して世の中に売り出す。もし、ほかの製造業との違いがあるとすれば、その点だと思います。
自分たちが思う「良いもの」を作った上で売る努力をする
哲也 BIRDY.は24の国と地域に販売実績を持ち、お客様からの越境ECを含めると世界の70~80カ国には届いていると思います。売り上げとしてはBIRDY.全体が2億円弱で、そのうち5000万~6000万円が海外での数字です。嬉しいことに、一部の製品は生産が間に合わず、新規の取引をお断りしている状態です。
いま紹介してきたシェーカーだけではなく、アイテムの種類も増やしています。少し紹介すると、ステアに使うバースプーンです。これはスプーンの逆側にストレーナー(カクテルを注ぐ際に氷がグラスに入らないように濾過するもの)機能を持たせ、肌に触れた時の心地よさとステアのしやすさを追求しています。バースプーンも他メーカーと比べると高価ですがシェーカーと比べると安価な商品で、BIRDY.を試してみたいという方に導入用のアイテムとしてご購入いただくことも多くなっています。
シェーカーやバースプーンは当社の技術を生かした商品ですが、メーカーとして作るのではなく、他社を巻き込んで開発した商品もあります。一例として、グラスタオルは他社製品と比べて圧倒的に吸水性が高く、毛羽が落ちません。先ほど社長が「脈絡のあること」と言いましたが、それは技術面に限りません。バーツールという市場で、顧客の声を徹底的に聞く。そこで知ることのできたニーズから、どんなものが役に立つのかを考えて作っています。
栄介 よく「新規事業を軌道に乗せるにはどうしたらいいのか?」と聞かれますが、まずは経営者のスタンスだと思います。
品質が良ければ売れるわけでもなければ、よく売れる商品の品質が良いとも限りません。その中で、「儲からなくてもいいから良いものを世に出したい」という人もいます。良いものを作ろうという考えは大切ですが、同時に、やはり売るための努力をすべきだと思います。
そのためには、当然自分たちの知見が足りないこともあります。自分たちの商品やサービスを広げたい地域、業界のことを勉強して、必要な知識や経験を取り込んでいく。例えばデジタルマーケティングが必要で、その知識が不足しているのであれば、その道のプロに頼ることも大事でしょう。
BIRDY.ではずっと販路で苦しんできました。何年も掛けて、どういうルートだったら売れるのかを先入観なく調査したことで、少しずつ拡大できています。長い時間と労力をかけて、市場を切り開いていく覚悟があるかどうかです。
私たちは、諦めが悪いんだと思います。例えば展示会で商品に対する反応が悪かったら、サンプルがわかりにくいのか、プレゼンが響かなかったのか、デザインに心惹かれないのかと考え、改善する。それを繰り返すことで成功へと近づくのではないでしょうか。
棚から落ちてくるぼた餅をつかめるのは誰か
哲也 必要なものは、自分で探しに行く姿勢でなければ見つかりません。本当に大切な情報は、ネットには落ちていませんから。
BIRDY.のシェーカーは、容器内で液体が流動しやすいように、外側の不要な突起をなくしています。だから既存の商品を買ってきて内側の研磨だけをして作る、ということができません。すべて内製できたほうが利益にもなりますが、現段階ではそこまでリソースを割けないので、サプライヤーさんに頼むことにしました。
ところが、周囲の企業にお願いしようとしても自動車用の製品を作っているところばかりで、「月産500個」では話を聞いてもらえないことが多い。ではどこで作ってくれるのかをインターネットで調べても、わかりません。そこで「新潟ならどうだろう」と足を運んでお願いしてみたら、「500個くらいがちょうどいい」と協力してくれるサプライヤーさんが見つかったんです。
こうしたやり方について、仮に「なぜ新潟にあるとわかったのか」と聞かれても、答えるのは難しい。「やってみるしかない」としか言いようがないんです。自分で動くことを大切にしていれば、必要なものを見つける嗅覚も育ってきます。
ただ、その上で実際に見つかるかどうかは運です。やれることをやり切るところまでは自分の努力。それで結果が出たら「運が良かったな」と考える。やはり、すべて自分の力だけでうまくいくとは考えないほうがいいでしょう。
栄介 以前、ある方から「棚からぼた餅が落ちてくるとき、ただ待っている人と、落ちてきそうな場所を探して棚のギリギリまで手を伸ばす人がいたら、ぼた餅をつかめるのは後者だ」という話を聞いたことがあります。実際にぼた餅は落ちてこないかもしれないけれど、手を伸ばすことが大事です。当社では諦め悪く行動し続けることが、結果につながっているのだと思います。
哲也 特に海外に向けて展開するのであれば、ラッキーは存在しません。「商品を作って、サイトを作っておいたら注文が来ました」なんてことはあり得ない。実際に出向かなければ、契約は取れません。
例えば現地の展示会に行って、コミュニケーションを取る。その積み重ねでしか、信頼を築くことはできないでしょう。もちろん相手から問い合わせをいただくこともありますが、結果的に見ても、そうして始まった関係は続いていません。
栄介 BIRDY.の海外向け商品は「BIRDY. by Erik Lorincz」というラインで、世界的バーデンダーであるエリック・ロリンツとコラボレーションをしています。これは、自分たちのブランド力だけで海外に売り出すのは無理だという判断でした。日本でも広告宣伝費にこんなにかかるのだから、世界で売ることを考えるととんでもない額になる。そこで、有名なバーテンダーと組んで、その人の知名度を生かそうと考えたんです。
今でこそBIRDY.は自身のブランド力だけで売れるようになってきましたが、もちろん、最初から売れたわけではありません。ブランドを立ち上げてからの5~6年は全国行脚をして、知名度を高めてきました。そこから海外で勝負しようとしたときに過去のやり方では通用しないと考えて、別の戦略を取った。いまの自分たちではできないことを謙虚に受け止めて、次の策を打つ。それが経営者に必要な覚悟の一つだと思います。