作り方も材料も変えず、「売り方」を変える。創業90年での新事業

  • 株式会社津田商店 津田保之

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【スピーカー】
津田保之(つだ・やすゆき)
株式会社津田商店代表取締役会長。岩手県出身。大学卒業後、食品商社で営業職を経て釜石にUターン。岩手県釜石市で祖父の代から水産加工業を営む津田商店に入社。1998年、社長に就任。50年以上にわたって全国の学校給食を提供し、子どもがおいしく食べられるお魚を追求してきたノウハウを生かしD2Cブランド「子どもようおさかなさん」を立ち上げ、2023年8月にECサイトをオープン。

【聞き手】
北川 共史(きたがわ・ともふみ)
ソウルドアウト株式会社専務取締役COO。1984年生まれ。2007年に株式会社オプトへ入社。2010年にソウルドアウトの立ち上げに参画。東日本・西日本営業部長・営業本部長を歴任し、2018年より営業執行役員に就任。デジタルマーケティングの課題解決力を武器に、全国の中堅・中小企業を最前線で支援し続ける。2019年4月より上席執行役員CRO(=Chief Revenue Officer、最高売上責任者)に就任。2021年3月にはグループ執行役員マーケティングカンパニープレジデント、2023年4月に取締役兼CCO、そして2024年4月より専務取締役 COOに就任。

荻原猛(おぎわら・たけし)
株式会社ロケットスター代表取締役社長 CEO。中央大学大学院戦略経営研究科修了。経営修士マーケティング専攻。 大学卒業後、起業するも失敗。しかし起業中にインターネットの魅力に気付き、2000年に株式会社オプトに入社。2006年に広告部門の執行役員に就任。2009年にソウルドアウト株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2017年7月に東証マザーズ上場、2019年3月に東証一部上場。2022年3月に博報堂DYホールディングスによるTOBにて100%子会社化。博報堂グループにて1年間のPMIを経てソウルドアウト取締役を退任。2023年4月に株式会社ロケットスターを設立し、代表取締役社長 CEOに就任。50歳で3度目の起業となる。

地方企業が、自社の溢れる魅力を世の中に伝えることができれば、日本中、世界中、どこに暮らしている人にも、自慢の商品の購入や、心ときめくサービスの体験をしてもらうことができます。そして、その土地独自の価値を求めて、日本中、世界中から人が訪れるようになります。
「地方発全国、日本発世界。」地方企業の潜在能力を信じ、そのポテンシャルの花が咲き誇れるように、地方企業の皆さまと想いを共にしながら、この国の明るく心豊かな未来をつくっていく。その意志のある人たちが集い、協力し合う場として、LOCAL GROWTH CONSORTIUMは発足しました。
本記事では、同団体の発足トークイベントSession.3の内容をお届けします。釜石で水産加工業を営む津田商店は、創業90年。これまで缶詰や学校給食向けの事業が主でしたが、新しく直販事業「子どもようおさかなさん」を立ち上げ、人気を集めています。その裏側について、ソウルドアウト専務取締役COOの北川氏と、ロケットスター代表の荻原氏が伺います。

※本記事は2024年4月にクロスメディアグループ株式会社、株式会社SUPER STUDIO、ソウルドアウト株式会社、株式会社PR TIMES、株式会社ロケットスターが共同で開催したLOCAL GROWTH CONSORTIUM発足イベントの内容をもとに文章化し、加筆・編集を行ったものです。

事業の方向性を決めた2つの転機

小早川:津田商店さんは創業90年、主力事業の学校給食を始めて50年、そして年商35億円で事業員も200名近くいらっしゃいます。それだけの歴史と規模のある企業が取り組む新しい試みについて、いろいろお聞きしたいと思います。

北川:まずは、直販事業の立ち上げに挑戦する前の状況についてお伺いできますか?

津田:現在は魚専門ですが、以前は他の事業も行っていました。そこから東日本大震災を機に集約し、魚の缶詰事業と調理済みの冷凍食品の2本柱でやってきました。
冷凍食品は、学校給食向けに特化しています。全国の学校給食センターや学校へ、現場で湯煎するだけで提供できる調理済みの煮魚を中心に、製造・販売しています。

荻原:東日本大震災では、全国の経営者が「これからどう経営していこうか」と思っていたのではないでしょうか。同時に、みんなでとにかく頑張ろうという雰囲気もありましたし、何か手を打たないといけないという思いも溢れていましたよね。
津田:そうですね。震災後に事業を整理して、給食に特化したことが吉と出ました。ただ、マーケット自体が少子化によってシュリンクしているため、伸ばしていくのはなかなか大変です。幸い米飯給食が普及していて、週5日のうち4日近くが米飯給食になっています。それとともに魚の需要が増えてきたという背景があります。
そこから大きな転機になったのが、新型コロナです。全国一斉学校休業が3カ月間続き、その間ほぼ売り上げがなくなりました。「一つの事業に偏るのは良くない」という経験が、直販事業に取り組んだきっかけです。

北川:震災の後に事業を立て直され、さらにコロナ禍、原価高騰もありました。非常に厳しい状況が立て続けに起きている中でも、体力をつけて耐え、新しい挑戦をされている。個人的にも、その経営姿勢をすごく尊敬しています。

津田:ありがとうございます。ソウルドアウトさんとの出会いも含めて、巡り合わせだと思っています。

既存事業を生かした新規事業を行う

北川:津田商店さんとは、働くお母さんに向けたD2Cブランドを一緒に立ち上げました。津田商店さんのお魚は給食によく提供され、残食率が非常に低い。つまり子供が残さないということです。津田商店の強みは何か、どういうニーズがあるかを整理した上でターゲットを設定し、「子どもようおさかなさん」というブランドを立ち上げることになったんです。
また、もともと1袋に10切れ入りだったところを家庭用に6切れ入りにしたり、お母さんがおかずとして作りやすくしたり、お母さんやお父さんも食べられるように味を調整したり。プロダクトへの介入やオペレーションの設計など、さまざまな面で伴走させていただきました。

津田社長の熱い思いがないと、立ち上がらない事業だったと思います。当時どんな思いで新事業をやろうと考えていたのですか?

津田:学校給食での評判がよくて、栄養士さんから「自分たちも食べたいんだけど、どこで買ったらいいの?」という声がかなりあったんですね。それでテスト的に販売してみたら「これはいけるな」という感触があって、始めることにしました。

北川:私の娘も以前は魚を食べられなかったんですが、「子どもようおさかなさん」で魚を食べられるようになったんです。もちろん、大人もおいしく食べられる素晴らしいプロダクトだと思っています。

津田:骨ごと食べられる、栄養価が高い、添加物をほとんど使わず昔ながらの調味料を使っているといったところでも支持されていると思います。ただ、その魅力をどう訴求すべきかは非常に難しいですね。ゼロから始めたばかりですので、今後もいろいろご指導いただきたいと思います。

荻原:実際に挑戦するのは難しく、かなりハードルが高かったかと思います。既存事業を生かしたところにポイントありそうですね。

津田:そうだと思います。まったく別分野に取り組んだのではなく、2本目の柱になっていた冷凍食品の売り方を変えたのです。作り方や原材料は変えていません。

荻原:投資へのハードルもあったと思います。その点ではうまく回っていったのでしょうか?

津田:そうですね。お子様向けの魚の商品を扱うECサイトはなく、そこは盲点なのではと思いました。魚は日本人に合っていると思うので、市場がシュリンクしている中でも広げていきたいです。

北川:想定よりも継続率がよかったですよね。多くのお客様が再購入してくださったことから、プロダクトとしての勝機は非常にあると思います。あとはマーケティングでどう拡大していくかですね。
新規事業を展開するときには、成長のイメージがあると思います。何年後にこれくらいの売り上げにするといったような目標はありますか?

津田:昨年から始めたので、今年1年間は投資の年だと思っています。スタートから2年半くらいで損益分岐点を超えればいいかなと思っています。

北川:その先はイメージされていますか?

津田:この事業を3つ目の柱にしたいので、当社の売上全体の何割かまで持っていけたらと思っています。

荻原:こういうチャレンジをしていくと、社内が活気づくのではないかと創造します。お客様の声が入ってくることで、「もっとこうしなくては」と社員さんの自発性が出るのではないでしょうか。

津田:そうですね。

北川:お客様と直接コミュニケーションがとれて、フィードバックをもらえると嬉しいですよね。D2Cにはお客様の声を聞いて商品を改善できるというメリットがあります。

1次産業の重要性と6次産業の可能性

荻原:津田商店さんでは、1次産業の高付加価値化にもいろいろ取り組まれていると思います。その辺りのお考えをお伺いできますか?

津田:1次産業、我々の場合は漁業における取り組みは、地元への付加価値そのものになると思います。ただ、1次産業の次に我々のような加工屋がいないといけません。魚がそのまま都会に行っただけでは、雇用に結びつかないし、中間のさまざまな企業にも貢献できません。今、魚は貴重な資源ですから、緊張感を持ちながら、地元にどう貢献できるかを考えながらやりたいと思っています。

北川:津田商店さんとお付き合いしてから、改めて地域の経済が1次産業で回っているのだと気づきました。我々は、もちろん共感や応援の気持ちから津田商店さんを支援していますが、1次産品にどう付加価値をつけて売っていくか、1次産業の高付加価値化のビジネスモデルを作れるかどうかが、地域の経済を再生させる大きなきっかけやヒントになると思っています。

小早川:地方で経営者の方とお会いすると、6次産業という言葉を聞きます。今、6次産業に踏み込む会社は増えているんですか?

津田:少しずつ増えていると思いますが、まだ掛け声ほどにはなっていない印象です。

小早川:荻原さん、そこへ経営的に一歩踏み込むのはなかなか難しいのでしょうか。

荻原:そうですね。生産から製造まで一貫するのは難易度が高いでしょう。ただ地域独自のものや技術で製品を作ることは付加価値が高いため、全地域でやってほしいとは思います。最初は何社かでコラボレーションして、一緒に地域の製品を作るのもいいと思います。そういう取り組みがムーブメントになっていくといいですよね。

津田:当社も2次産業に徹していましたが、ようやく3次産業に展開しようかというところですね。

荻原:2次や3次を行う企業がeコマースを行うことで3次化し、加工して売るところまで一貫してできるようになるというのは、インターネットの一つの特性かもしれません。
すべて自社で行うとなると大変だと思いますが、その一歩目としてネットを使うところはすごくいいですよね。

知識や知恵だけではなく人材でも支援する

小早川:自分たちの価値は、自分たちだけではわかりづらいですよね。今後、地方の企業が、知識や知恵、客観性を持つ都会の会社に協力してもらいながら、自分たちの価値を最大化させることが増えていけば、日本全体が豊かになりそうです。

荻原:おっしゃる通りですよね。津田商店さんも、もともと強みを持っていらっしゃった。あとはそれをどう届ければいいか。たくさんの成功事例を持つ企業がサポートしていくと、実現は近づいてきますよね。

小早川:知識や知恵だけではなく、ソウルドアウトさんでは人材の面でも津田商店さんを支援されたのですよね?

北川:はい。地域力の創造・地方の再生を目的とした総務省の地域活性化起業人制度(企業人材派遣制度)に、ソウルドアウトも参加しました。当社の社員が自治体職員として釜石に勤め、サポートを行ったんです。例えば、企業誘致をしたり移住を推進したり。
そうした活動を行う中で、津田商店さんに出会いました。津田さんには、当社の社員を信頼していただき、事業の方向性を考えるような場面にも関わらせてくださいました。取締役会にも出させてもらったようです。これはしっかりと期待に応えねばと、その社員をハブに東京のチームを編成し、クリエイティブやマーケティングプランを提供して、伴走しています。

小早川:知識や知恵だけ提供するのではなく、そこまでやることが大事なんですね。

北川:そうですね。現場には人もノウハウも少ないですから。それに、地方への支援はオンラインで対応するものだと考えられがちですが、逆だと思います。地方だからこそ人を根付かせて、商品やサービスの付加価値を上げる。そうしてからオンラインで都市の需要を取りに行くようにすることが本質だと思っています。地域の課題はシステムやITで解決しようとすることが多いですが、地域の皆さんは人を求めているんです。

小早川:荻原さんも地方へたくさん行かれていますよね。やはり、直接会ってやり取りすることは大事ですか?

荻原:私もコミュニケーションは対面の方が良いと思っています。どんな社員さんが働いているのか、オフィスはどんな雰囲気なのか。それに工場などを拝見させてもらうといろいろ感じるものがあります。パソコン越しのコミュニケーションは、合理的に物事を進めるには良いのですが、リアルのコミュニケーションによって皆さんの熱い思いを肌で感じることができたり、一緒に伴走していきたいという想いを新たにすることができたりします。

小早川:最後に、みなさんの今後の取り組みについて教えてください。

津田:我々は素人なので教わることばかりですが、事業そのものに対する思いは強く持っています。ぜひ末永くご教授いただければありがたく思います。

北川:地域が持つ多くの可能性を引き出すのが我々の役割です。社会の一員として、挑戦する企業の背中を押す役割を担いたいと思っています。このコンソーシアムを応援団として盛り上げ、我々単体ではできないことを行い、日本を活性化できればと思います。

荻原:私もチームを組んでスターを目指すことはすごく大事だと思っています。一人では限界がありますよね。それぞれの専門家が力を合わせて、企業を支援していくことが必要です。
地域企業をいろいろ見てきて、1社もしくは2~3社が先行すると「うちもやりたい」という企業が他にもでてきて、動きがどんどん広がっていくと感じます。みんなで同じところを目指すようなムーブメントが起きるには、最初に成功した何社かが牽引していくことが重要です。挑戦意欲の高い企業と組んで大きな事例を作れば、地域の力の底上げになるでしょう。
チームを組んで、スター企業をバンバン出していくこと。それが、目指していきたい姿です。

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