人々の「行動」を変えるサービスを。 「PRの民主化」を実現した世の中をつくる

  • 株式会社PR TIMES 山口拓己

山口拓己(やまぐち・たくみ)
株式会社PR TIMES代表取締役社長
1974年生まれ。愛知県豊橋市出身。1996年東京理科大学理工学部卒業後、山一證券株式会社に入社。アビームコンサルティング株式会社などを経て、2006年株式会社ベクトルに入社、同社取締役CFO就任。2007年にプレスリリース配信サービス「PR TIMES」を立ち上げ、株式会社PR TIMES代表取締役に就任。PR TIMES、MARPH、Jooto、Tayori等を提供する。2016年3月に東証マザーズへ上場、2018年8月に東証一部へ市場変更(現在は東証プライム市場)。豊橋市未来創生アドバイザーも務める。

国内シェアNo.1のプレスリリース配信サービスを運営する、PR TIMES。すべての人が行動した成果を発表し反響を得られるPRの可能性を広めるため、ビジネスを展開しています。しかし、シェアが広がったサービスでありながら、同社代表取締役の山口拓己氏は「PR TIMESは日本経済の役に立っているとは言えない」と語ります。「私たちのところにPRの相談が来なくなるのが理想」と見据える未来図は、どのようなものなのでしょうか。

「行動者」のためにビジネスを

この記事の載るサイトの母体である「LOCAL GROWTH CONSORTIUM」では、発起人の共著として、書籍も発行しています。私もその著者の一人ですが、もともと書籍は薦められても出したくありませんでしたし、いまでも出したくないと思っています。
理由はさまざまありますが、その1つが、書籍はコンテンツとして残るので、その時点で信じていた考えが、ある時点ではマイナスに作用する可能性もあるためです。個人的にも、私はそこまでのビジネスパーソンでも経営者でもないですし、教えるような立場で出さないほうがニュートラルだと考えています。
またPR TIMESでは、地方に限らずすべての人や企業に、行動した成果を発表し反響を得られるPRを広めたいと考えています。大企業も個人商店も、東京にある企業も北海道にある企業も、すべて対象です。この思想に地域の制限は無く、アメリカもヨーロッパも、全世界を含んでいます。
私たちは、「行動者」のために事業を行っています。行動者とは、平たく言えば「頑張って働いている人」のことです。PR TIMESのプラットフォームを通して、人の行動や頑張りを伝える。新たな挑戦や修羅場をくぐり抜けた経験、時には失敗。行動に裏打ちされた言葉からは、真実が届きます。
そして行動者は世界中にいて、これからも増えていきます。行動者発の情報が人の心を揺さぶり、次の行動者に勇気を与えるような、ポジティブなエネルギーの循環を生み出す。私たちはそんな行動者の役に立ちたい。そのために、当社の事業があると考えています。

ただ、すべての人に広めたいと言いながら、現状、PR TIMESを利用してくださっている65%が東京に拠点を置く企業や団体です。また、大企業やスタートアップの利用率が高く、地方の中小企業で見ると、一気に利用率が下がります。
ウォルト・ディズニーやAmazon、IBMやアクセンチュアなど、世界的な企業もPR TIMESを使ってくれていますが、それは日本をマーケットにビジネスを展開している企業だからです。私たちは国内に留まらず、世界で変化を起こそうと考えています。さらには、1つの時代をつくろうと目指しています。しかし、現状にはこうしたギャップがあります。

また、私たちはPRによって、人や企業の「行動」が変わると信じています。
InstagramやTikTokは、人の行動を変えました。これらのSNSによって、見るだけでなく日常の行動習慣そのものが変わった、より充実した生活が送れるようになった、という人は多いでしょう。それと同じように、PRによって企業活動や労働、働くという概念を大きく変えることができると思っています。
PRを通して伝わる想いによって、より充実感を持って働くことができる。もっと仕事を追求できるようになる。とはいえ、この点でも、悔しいですがまだ多くの人の行動を変えるまでには至っていません。ビジネスを世界に広げるためにも、人の行動を変えるサービスにするためにも、1つずつ課題を解決していかなければいけないと考えています。

「PRが下手で・・・・」で片付けていてはもったいない

PR TIMESをすべての行動者が活用できる状態を目指して、私たちは地方へも足を運んでいます。そこで企業の方に話を聞くと、よく言われることがあります。

「私たちも、良いものを売っているんです。ただPRが下手で……」

確かに、地方の商品やサービスに「良いもの」があることは間違いありません。しかし、PRは、東京でも地方でも、大企業でも中小企業でも、個人でも、本来は誰でもやればできるものです。子どもが可能性に溢れているのと同じように、PRのポテンシャルは、誰にでも、どの企業にもあります。それをどのように見極め、発信できるかです。

私の地元、愛知県の豊橋市では胡蝶蘭が有名です。胡蝶蘭は愛知県が出荷額の1位で、その50%程度を豊橋が占めており、豊橋の人なら必ずそのことを知っています。そして、豊橋が胡蝶蘭で有名であることを知らないほかの地域の人に対して、「なぜ1位だと知らないのですか?」と言います。
一方で、豊橋の人たちに「浜松が生産量1位の花は何だと思いますか?」と聞くと、「知らない」と答えます。自分たちも隣の市にそこまで関心を持っていないわけです。胡蝶蘭で一番になるのは素晴らしいことですが、その結果に対して誰もが関心を持つわけではないということが、豊橋の人には見えていません。
PRに悩む企業も、自分たちの「良いもの」に関心を持つ人が少ないということをわかっていない。それを「PRが下手」という一言でまとめてしまっています。
「良いものなのはわかりますが、それを伝えているだけでは、人は興味を持たないですよ。だから、行動しましょう」「ほかの人の大切な人たちのことを考えて、その人たちの求めていることを想像しながら発信しましょう」と伝えています。

そうした話をするときによく出す例が、米・テネシー州観光局のPRについてです。テネシー州は紅葉の景観を観光客誘致のきっかけにしたいと考えていましたが、紅葉が美しい観光地はほかにも無数にあります。近所の散歩道でも、十分楽しめるでしょう。だから「うちの地域の紅葉が素晴らしい」とアピールしていても、あまり響かない。紅葉に優劣はつけづらいからです。
そこで同州の観光局は、州内にある紅葉で有名な場所に赤緑の色覚異常を軽減する望遠鏡を設置し、色覚異常の人々が紅葉本来の色を見て感情をあらわにする様子を撮影しました。見た目は平凡な望遠鏡です。これが好評で、多くのメディアでも取り上げられ、そのエリアにあるホテルの収入は前年より9.5%アップしたそうです。
全米で色覚異常の人は1300万人ぐらいだといわれ、日本でも相当数いるでしょう。そうした人の中には、紅葉を見に行っても楽しめない人もいるかもしれません。友人や家族と一緒に行って、同じ感動を共有できず気まずい思いをした人もいるはずです。
色覚異常であれば、度合いにもよりますが日常で困ることもあるでしょう。「紅葉を楽しみたい」ということは、そもそも諦めてしまっているニーズかもしれません。口に出さないけれど潜在的に求めているものはいろいろあると思います。そこに応えるアクションをしたことで、ほかにはない価値をPRできたわけです。

商品やサービスの良さそのものを訴えるよりも、こうした人のニーズに応えることが大切なのではないでしょうか。もちろん、そのようなことを考えられる人材が都心に集まりやすいという課題はあると思います。しかし、その差もいま埋まりはじめています。
例えば、TikTokで有名な日本の発信者は必ずしも東京で生まれていません。TikTokはまだSNSとして初期の段階ですから、ノウハウとしてはすべての人がイーブンな状態です。会社の従業員だった人が、TikTokで多くのフォロワーを集めることもあります。それをきっかけにして動画クリエイターと名乗って仕事をすることさえもあります。必ずしも、地域や人の能力の差ではないのです。

すべての人にPRの可能性を

PR TIMESは地方に支社がありません。地方の金融機関や新聞社、地方行政などと連携協定を結んで、取り組みを行っています。例えば、東京と地方、同時開催のイベントを企画する際、東京のメディアには地方の会場へ行ってもらうよう交渉しています。地方の企業からすると、全国を対象にしたメディアは東京に集まっていて、アクセスしづらい。こうしたイベントを1回行うだけでは課題を解決できませんが、地方の企業が東京のメディアとつながる機会ができることで可能性が広がります。

また、私たちは、PRをインターネットやマーケティングのリテラシーが高い人たちだけのものにはしたくないと思っています。そこで、すべての人にPRの可能性を広げるための活動を行っています。その内の1つとして、PRを学び合うセミナーを各地域で行っています。
ただ、良いコンテンツはどうしても東京のほうがやりやすい。そこで、地域でも同じ体験ができるような企画を考えました。地方の大きな会場を使って東京のコンテンツをオンラインで中継し、各地域では現地のゲスト登壇もお願いしています。
メディアビジネスにおいては、コストやリソースなど、圧倒的に東京の会社のほうがやはり有利だと思います。インターネットがあるから地域間で差が完全にないかといえば、そんなことはありません。どこの地域でも同じ機会が得られるように、私たちのビジネスで架け橋をつくりたいと考えています。

一方で、実際に地方を訪れたからこそ生まれるつながりというものもあります。
先日セミナーで地方に行った時、参加者の一人から準備中の施設のPRについて相談を受けました。その施設はその方にとってライフワークであり、このような大事な相談をしてもらえるのも、接点を持つことができたからこそだと思いました。

とはいえ、弊社ではすぐ地方に拠点をつくろうとは考えていません。いまは東京を拠点に、日本全国へ出張して、また提携先の現地企業や自治体の協力を得ながら、PRを活用してもらえるようにと行動をしています。もともとPRは、地域や規模の差を超えて使うことのできる開かれた存在ですので、この挑戦を続けたいと考えています。

PR TIMESにPRの相談がこない未来

PR TIMESは、現状では日本経済の役に立っているとは言えないと考えています。ソニーやファーストリテイリングなど、日本を代表する企業は、次の世代につながる重要な資産を築いてきました。それらの企業がここまで発展したことで、どれだけ多くの企業が自分たちのポテンシャルを信じて、努力することができたでしょうか。そして、彼らがつくったものによって、人生が充実した人がどれだけいるでしょうか。

これまでの日本の発展を考えると、「日本で働いている人たちが、日本以外で働いている人に認められる」というものをつくらない限り、この国の経済発展に貢献できているとは言えないと私は思っています。すでに、地方の中小企業の中にも、世界に通用するビジネスをしているところがたくさんあります。PR TIMESのサービスも世界で使われるようになって初めて貢献できた、と言えるでしょう。

最終的に、私たちのところにPRのテクニカルな相談がこなくなることが一番良いことだと思っています。InstagramのユーザーはMeta社の人に相談しないですよね。Meta社の社員よりもうまくInstagramを活用している人もたくさんいるでしょう。TikTokも同様です。それほど、世の中の人に使い込まれているインフラになっているわけです。
まだPR TIMESは、そうした状況をつくり出せていません。「PR TIMESの人だから、PRについて教えられるよね?」となっている段階では、まだまだだと思います。PR TIMESを利用して、私たちも想定していないような使い方をする人がどんどん出てほしい。それがPRの民主化だと思いますし、そういう人から私たちが教わるようになるのが理想的ですね。

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