地方企業のアナログな営業網が日本のデジタル化を進める。令和に大変身した100年企業

  • 株式会社WORK SMILE LABO 石井 聖博

石井 聖博(いしい・まさひろ)
株式会社WORK SMILE LABO 代表取締役
1979年、岡山県生まれ。帝京大学を卒業後、キヤノンマーケティングジャパンに入社。2006年、家業である石井事務機センター(現・WORK SMILE LABO)に入社。2015年より四代目として代表取締役に就任。事務機販売という“モノ売り”から、良い働き方を提供する“コト売り”への業態転換を成し遂げ事業を牽引する。2022年10月、全国の中小企業の働き方を支援する「中小企業働き方支援協会」を設立。同協会の活動として、SaaS企業と地方企業を結ぶプラットフォームを構築し、地方企業のDX、SaaSの地方展開支援を進める。

明治44年に創業した文具屋が、令和6年のいま、ワークスタイル提案企業へと変貌を遂げ業績を伸ばしている。ひと口に業態転換といっても、一朝一夕に為し得るものではない。岡山で110年超の歴史を持つその企業は、次なる活路を見出し、全国へと広がる巨大なマーケットを開拓する。「アナログ」な営業を主流に「地方」で根を張ってきた企業だからこそ見出せた巨大マーケットとは。彼らのビジネス変革の足跡と、その可能性に迫る。

銀行から突きつけられた難題

私たちはワークスタイル創造企業として働き方支援事業をしていますが、祖業は明治44年に曾祖父が創業した「石井弘文堂」という文具屋です。当時の商品といえば筆、墨、鉛筆、半紙。西洋から新しいものが入ってくると、ボールペンやノートを売るようになり、時代に合わせて売るものを変えながら商売をしていました。しかし昭和20(1945)年の空襲で、一面焼け野原になってしまった。100人以上いた従業員は皆、疎開していたため命は助かりましたが、会社のあった場所はすでにバラックと化して見知らぬ人の居住地となっていたそうです。

その後どうにか立て直し、「石井事務機センター」として第二創業を果たしました。そろばんが電卓へ、オフィス家具は木製からスチール製へと変わった高度経済成長期です。三代目の父が大手メーカーと代理店契約を結び、OA機器やオフィス家具の販売へと業態転換を進めていきました。しかし2006年になると、事務機を扱う大手メーカーやEC企業など、多くの巨大プレイヤーが登場し、官庁からの需要も減る一方でした。はっきり言って、事務機を求める企業が、われわれから買う理由はどこにもありません。

その当時、私は電子機器メーカーに勤めていましたが、「実家に帰れば、ゆくゆくは社長になれる」という安易な考えのもと、会社を辞めて実家に戻ることにしました。しかしリーマンショックで会社は倒産寸前になり、父親から「会社が潰れるから他で仕事を探してくれ」と言われました。私は、「ちょっと待ってくれよ」と。そんなことなら東京でそのまま働いていたし、何のために帰ってきたかわかりません。

何より、中小企業の倒産は経営者の自己破産を意味します。母親を路頭に迷わせるわけにも、老舗企業についてきてくれている社員を見捨てるわけにもいかない​​と思った私は、借り入れをしようと銀行に行きました。そこで銀行から言われたのは、「新たな事業の計画書を添えて申請しなければ支援できない」ということでした。このときから私は、家業の新たなビジネスについて考えねばならなくなりました。

売るものを「再定義」する

新しい事業を考え始めたものの、正直、すぐにアイデアが浮かぶものではありません。そんな勉強をしたこともないし、お金もない。会社の社員は次々と辞めていく。そんなとき、以前から仲良くしていた社長から、一本の電話がありました。

出てみると、「石井くん、新しいパソコンが欲しいんだけど」と言います。「メーカーはどこがいいんですか?」と聞くと「メーカーはどこでもいい。性能の良いおすすめのやつが欲しい」と言うのです。そこで直感的に思いました。相手は、“新しいパソコンが欲しい”わけではなく、“より効率的に働ける環境をつくりたい”のではないかと。

生産性を高めたい。業績を伸ばしたい。社員の給与を上げたい。こうした目的のために、社員により良い働き方をしてもらいたい。そんな未来像を見据えて、私たちから商品を購入しようとしてくれている。つまり私たちが提供しているものは、“オフィス用品”ではなく、“より良い働き方”である。そう気づいたときに、私は新たな事業の可能性を感じ始めました。

事業は窮地にあり、政府の働き方改革の声に押されテレワーカーも徐々に増えているなか、事務機はどう考えても伸びる業界ではありませんでした。しかしより良い働き方は、これから一層強く求められ、ニーズも高まるはず。そう考え、2016年に「『働く』に笑顔を!」を経営理念として、事務機販売業からワークスタイル創造提案業へと業態転換しました。

事務機やオフィス用品の販売をやめたのではなく、自社の事業を再定義したのです。これが現在に続くすべての出発点であり、私たちの事業のターニングポイントになりました。この転換がなければ、いまの会社も、そしていまの私自身もありません。

ノウハウ構築に裏技はない

より良い働き方の提案業として、いま私たちが展開している事業は、主に3つあります。ITツールの導入サポートやOA機器の販売などの「DX支援」、オフィス内装施工やテレワークの仕組み構築といった「働きやすい職場環境づくり」、そして働く人の「採用・育成支援」です。いまでこそこうした支援事業を手がけていますが、業態転換した当時は、社内にノウハウなどまったくありませんでした。そこで私たちは、従来のオフィス用品販売を継続しながら、まず他社を支援する前に、自分たちの働き方を変えることから始めました。

社員が一体となって新しい働き方を取り入れるというのは、口で言うのは簡単ですが、かなり大変です。ITツールの導入、制度設計、生産性向上、離職防止、評価方法の見直し……さまざまな側面から企業を見つめ直す必要があります。たとえばITツールはどの製品にどんな特徴があるか、一つひとつ実際に使ってみて比較する。従業員の評価にはどのような手法があるか、一定期間の間、社内で実験と検証を繰り返す。

業態転換したからといって、いきなりこんなことを始めるわけですから、社員の意識や行動変革も簡単ではありません。しかし徐々に定着し、果てしない社内でのトライアンドエラーを経て、顧客に提案できる状態になっていきました。社名に「ラボ」がついているのは、まさしく自社が働き方を研究する「実験室」だったからです。

本当に大変でしたが、このプロセスを踏んだおかげで、社内でうまくいった事例を他社へ横展開することが可能になりました。「実際にやってみたけど、ここが大変だった」「こうするとうまくいったよ」と、実感から正直に語れることが顧客からの信用につながっていますし、私たちの最大の強みになっています。

さらに、私たちの提案するオフィス用品を使うとどのように働き方が変わるか、実際に体感できるよう、自社を「ライブオフィス化」しました。従来の業態では訪問販売が当たり前でしたが、口だけではなかなか伝わりません。来社体験型にしたことで、顧客はオフィス改善の擬似体験が可能になりました。

地元の中小企業を中心に、全国の中小企業、そして事務機業界の同業者に至るまで、これまで支援してきた会社は約2000社にのぼります。自社の生産性は業態転換前に比べ、約3倍になり、売上総利益は約8倍、従業員の平均年収は約2倍になりました。自分たちで一つひとつテストして、良い成果を上げたものを顧客へ提案する。私たちがすべての事業で大切にしているこのスタイルを、今後も続けていこうと思っています。

都心のIT企業になくて、地方企業にあるもの

事業を再定義してビジネスを広げていくなかで、実はこの業界には潜在的な強みがあると気づきました。まず、地域密着の顧客を数多く抱えていること。古い事務機会社はどれも地方に根ざして長年やってきた会社が多く、顧客とのつながりが広い。「あの社長はよく知ってる」とか「いつでもアポ取れるよ」と経営者同士の結びつきも強く、地方ならではの、親戚のようなネットワークがあります。

そしてもうひとつの強みは、営業のマーケティング、アフターフォローなど、あらゆる業務を対面でリアルに対応できること。これは当たり前のようで、実は大きな潜在的価値があります。いまITベンチャーなど革新的なサービスを開発している企業は、首都圏に集中していますが、彼らがさらに拡大を目指すなら、当然、首都圏の次は地方に売らなければならない。しかし、特に地方の中小企業に対しては、自力で販路を獲得していくのはなかなか難しいんです。

地方の中小企業には、インターネットやSNSなどを通じて業務に使えそうなサービスを探し、契約して、自社に導入し、実装・運用までできる経営者はほとんどいません。オンライン商談に対応できる企業もほとんどない。そうかといって、ITベンチャーが地方に営業所や拠点を出すことも難しい。これは私がこれまで地方で経営してきた実感です。

良いサービスをつくっている企業はたくさんあるのに届けられない。そんな状況にある地方では、直接会って商品提案し、商談後の検討や受注段階のフォローもできる存在がどうしても必要になります。事務機業界は、地域に根づき顧客との密接な接点があり、対面でのリアルなコミュニケーションを前提とした企業群が、全国津々浦々に約5000社も存在する。この業界こそ、その役割を担うべき存在だと私は強く思っています。

WORK SMILE LABOが働き方支援をしていくうえでも、SaaSコンテンツの活用は不可欠になります。そうしたニーズの重なりを見つけたことから、私はSaaS企業と地方の中小企業をつなぐ存在として、「一般社団法人中小企業働き方支援協会」を設立しました。

地方に進出したいITベンチャー企業が、これまでは1社ずつ開拓しなければならなかったところを、協会を活用することで一気に販路を拡大できる。事務機会社は、それぞれの営業網を活用した代理店業を担うことが可能になる。さらに最新サービスを会員価格で仕入れることができ、われわれのコンサルティングが受けられるなど、さまざまなメリットがあります。地方から日本を元気にしていくには、いくつもの企業を束ねるこうした役割を誰かが担わなければならない。そのプラットフォームとして協会を立ち上げたのです。

全国を網羅するネットワークをつくる

中小企業働き方支援協会には、目的に賛同する全国の企業が会員として次々に参画してくださっており、代理店は約35社になりました。そのうち創業100年を超える企業は半数以上を占めています。そこから約15万社にアプローチできる営業網が生まれており、これは地方展開したいIT企業にとって魅力的なネットワークになる。実際に毎月、約20社のITベンチャーから問い合わせが来ています。まずは現在約35社の代理店を100社に増やしたい。100社あればおよそ全国のエリアを網羅できるはずです。

ただ、われわれはこの活動をビジネスとして捉えてはいません。現在はあくまで協会として賛同者を募り、業界を活性化させたいという思いです。これから事務機業界だけではシュリンクする流れは必然です。そうした状況でわれわれだけが生き残ればいいと考えるのではなく、事務機業界の強みを活かし、働き方支援業界に変えることで、業界全体を一新させていきたい。

協会のスケールを広げ価値を高めていくことで、より良質な情報やサービスが集まるようになる。それらの情報とサービスを活用して、WORK SMILE LABOで新たな販売モデルを実験・検証し、全国に横展開していく。こうして着実に協会の価値を高め、まず3年以内にはこの協会が、「地方展開するにはまずここを通らねば」と言われるような、ITサービスの地方展開に必要不可欠な存在にしたい。

労働力不足のなかで日本を豊かにしていくには、一人あたりの生産性を高めていかなければなりません。それも首都圏の大企業だけでなく、地方の中小企業が一丸となって生産性向上に取り組まなければ、働き方の問題はいつまでも解消できません。より良い働き方を提案するワークスタイルカンパニーである私たちが、そんな地方を救うパイオニアになっていきたいと思っています。

取材・文:金藤 良秀(クロスメディア・パブリッシング)

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