今川信宏(いまがわ・のぶひろ)
NES株式会社代表取締役。米国ワシントン大学卒業。大手流通業での海外業務を経て、株式会社オプト入社。 Webマーケティング戦略立案やその実行支援に携わった後、オプトベンチャーズ(現 Bonds Investment Group)につながる投資育成事業立ち上げと同時に投資活動に従事。 株式会社オプトベンチャーズ設立後、海外投資業務及びモニタリング業務全般を担う。 株式会社レジェンド・パートナーズに参画後、日本・米国・イスラエル等国内外における投資責任者を務める。 2019年7月、三井住友信託銀行株式会社と起業家育成支援やスタートアップ企業に投資を行うNES株式会社を共同で立ち上げ、代表取締役に就任。
企業や人が地方から東京に流れ、地方経済の衰退に歯止めがかからない。東京一極集中の構造は日本経済にとって大きなリスクです。ベンチャーキャピタルのNES株式会社は、地方にベンチャー企業が生まれる土壌を作ろうと、日本各地で挑戦する起業家や大学生に起業家マインドを教えています。目指しているのは、地方だけでも、東京だけでもない、「日本全体」の成長。同社代表取締役今川信宏氏は、そのチャレンジを「種まき」だと語ります。
地方でスタートアップ起業家を育てる
ベンチャーキャピタル(VC)がサポートするのはスタートアップ企業です。「スタートアップ」の言葉を知っていても、本質を理解している人は少ないかもしれません。スタートアップと一般企業の違いは、「時間軸」と「成長規模」です。一般企業が時間と利益が比例して少しずつ成長するのに対し、スタートアップは、数年~10年前後で、例えば売上10億や50億、100億円など、短期間で指数関数的な成長を遂げる企業を指します。「20年後に10億を目指します」と言う起業家もいますが、それだとVCのビジネスモデル上、資金調達はかなり難しくなります。
日本では、スタートアップ投資の約70%が東京で行われていて、地方では起業家が育たない状況があります。弊社では、この現状を打破するため、地方公共団体や地元の大学と協力して、起業家の育成に取り組んでいます。
地方公共団体との取り組みは、地元の起業家が対象です。スタートアップ起業家として、高い視座で挑戦する姿勢を伝え、地方からでも資金調達を実現することを目指しています。大学と協力して行うプログラムは、学部生対象と、大学院生・研究者対象の2種類があります。学部生対象のプログラムは、起業家マインドを育てる目的で、起業も人生の選択肢の一つと認識してもらう内容になっています。大学院生や研究者が対象の場合は、自分たちの研究や大学が持つIPをどのように社会実装するか、収益化するか、がテーマです。
各プログラムは、主に「キックオフ勉強会・壁打ち/メンタリング・最終発表」の流れで行います。1、2日間で集中して行う短期プログラムと、3か月程度の長期プログラムに分かれ、長期は現在4つの地域で実施しています。3か月が4つあるので、一回りするとちょうど1年。実施時期を季節ごとにずらして、それぞれにリソースを集中できる仕組みです。
例えば、信州大学さんと協力しているケースでは、大学院で単位が取得できる授業を開講しています。毎年見直しながら、数年続いているプログラムです。授業は一般にも開放し、地元の起業家やビジネスパーソンも参加することができます。
こうした育成事業は、ある程度の予算がないとなかなかできません。都道府県庁なら予算があるかもしれませんが、市区町村や大学では難しい場合が多いでしょう。もし予算が確保できたとしても、翌年度以降もあるとは限りません。
一方、一般的にVCが運営するファンドの償還期限は10年です。一度ファンドを組成すると、10年間はビジネスを続けられる。この金融スキームを持つVCと、地方公共団体や大学が協力することで、予算規模に依存し過ぎずに、長期的な起業家育成に取り組むことができます。
応援したいのは「挑戦し続ける起業家」
VCとしての事業の柱は、スタートアップ企業への投資です。弊社は、東京と同じくらいの件数で地方企業にも投資しています。しかし、出資する分野は絞っていません。投資先ポートフォリオには、宇宙もあれば医療、エンタメもあります。分野を絞るVCもある中で、投資領域を限定しないことは、我々の特徴の一つかもしれません。
分野をあえて絞らないのは、ビジネス自体が垣根を越えて生まれているからです。例えば、人材領域であっても金融と組み合わせることもあります。領域にこだわらなければ、多面的な視点から学びも多く得られますし、そこから「かけ合わせの思考」で新たな可能性が生まれると考えています。
分野にこだわることは、投資判断にも影響します。投資先候補の事業が特定の分野にあてはまるか曖昧で、良い投資案件な場合、「大体あてはまる」と解釈せざるをえません。エリアを限定している場合も同じです。例えば、特定の地域の企業に出資する方針のVCであれば、対象の地域外の企業でも「CEOが同エリアの出身である」などと拡大解釈をする場合があります。
弊社では、投資対象とする企業を次の3つの基準で選んでいます。1つ目は「既存ビジネスの破壊的創造を目指す企業」。日本社会全体にイノベーションを起こすような会社です。多くのスタートアップはすでに当てはまっていますが、地方の企業は特定の地域だけに意識が集中しがちな場合が多い。支援する地方企業には、「その事業はその地域特有の課題の解決にとどまっていませんか?」と問いかけています。
2つ目は「世界市場で競争優位を築くサービス、プロダクトを提供しようとする企業」です。地方でビジネスをしている場合、規模の目標が都道府県内に留まることは少なくありません。スタートアップ企業として投資を受けるなら、視野を広げ、視座を高め、地域発ではなく「日本発」として世界市場を相手に考えてほしいという意味で投げかけています。
最後は「成長を目指し鋭意努力する経営者がいる企業」です。これは、「井の中の蛙になるな」というメッセージです。地方で「スタートアップ起業家」として活動すると、表彰されたり、地元のメディアで取り上げられたりすることがあります。それ自体は素晴らしいことですが、そこで自分に満足してしまい成長が止まる場合がある。経営者として視座を高くし、努力を続けてほしいという想いを込めています。
これらをシンプルに言い換えれば、「挑戦し続ける起業家」です。志を持って、多くの人を巻き込みながら、やり切れるか。もちろん、ビジネスとしての可能性は厳しく評価します。しかし、事業内容だけで判断することはありません。ビジネスが成功するかどうか、「最後は人」だと思っています。
定性的な視点を重視するのは、我々が事業会社出身で、起業の経験があるメンバーも比較的多くいるからかもしれません。私自身もかつて所属していた株式会社オプト(現・株式会社デジタルホールディングス)では、競争の激しい市場で、会社を力強く推進する経営陣を間近で見てきました。また、新規事業の立ち上げや当社の創業を経験し、決して簡単なことではないという実感があります。だからこそ、定量的ではない部分も重視して、出資先を決めるようにしています。
社会課題解決とビジネスの両立が大事
地方の起業家の育成や支援に取り組もうと考えたのは、小さな意識の積み重ねがあったからです。私は愛知県出身で、帰省するたびに空き家が増え、店舗などが衰退していく地元を見てきました。旅行先では高齢者にしか出会わない地域もある。過疎化が進めば、働き手は当然少なくなっていき、地域経済はますます先細っていきます。この状況をなんとかしたいと考えずにはいられませんでした。
日本は、地方から東京へ、企業や働き手の流入が止まりません。少子高齢化と地方経済の衰退は、日本経済全体のリスクであり、東京一極集中の構造はすでに限界を迎えています。
地方経済の活性化というと、弊社の軸足が地方にあると聞こえるかもしれませんが、そうではありません。東京も日本の一部です。「日本全体」の成長のために、地方経済を活性化し、都市部との格差をなくすことが重要だという考え方です。
VCが出資先と関係なく地方の起業家や学生を教育するのは、非常に珍しいと思います。一般的には、エコシステムがある東京で、見込みのある企業に投資し、投資先だけの成長を支援するほうが合理的でしょう。
しかし、弊社が目指しているのは一歩先の未来です。教育を通じて起業家が生まれ、地方でスタートアップ企業が成長する。その企業に投資をして成功したら、投資回収ができるだけでなく、その地域に先輩起業家のロールモデルができます。これは、我々の金融スキームとVCの生きたナレッジにより、新たな循環を生み出し、地方にエコシステムを作り出そうとする挑戦です。いまはまだ、種まきの段階。このアプローチが正しいか、まだ確証はありませんが、この想いに共感する金融機関や地元企業のみなさんにご協力いただいて、活動ができています。
一方で、この取り組みには、ビジネスとしてオポチュニティ(好機)があると考えています。投資や教育により地方企業が成長し、エコシステムが構築できたら、弊社のビジネスとしても圧倒的な優位性になり得る。「社会課題解決への挑戦」と「ビジネスの可能性」。どちらかだけでは片手落ちです。この二つを推進力にして、覚悟を持って臨んでいます。
「メイドイン・ジャパン」で世界に挑戦する
私はNES立ち上げの前、株式会社レジェンド・パートナーズで、イスラエルなどの海外投資事業の責任者もしていました。イスラエルは、「スタートアップネーション」と言われるほど、スタートアップ企業が多いことで有名です。年齢も性別もさまざまなメンバーで、経営に挑戦する企業がたくさんあります。
日本の地方企業にも世界に目を向けてほしいと思うのは、世界を舞台にすると、「メイドイン・ジャパン」を生み出せるからです。創業当初に支援させていただいた企業さんは、エネルギー事業を手掛けていて、現在はアフリカにビジネスを展開しています。地方の企業が東京で商品を販売したら、「〇〇県発」ですよね。しかし、海外に進出すれば、「日本発」となる。国内市場を相手にする場合とはまったく異なる戦い方ができるようになります。
地方から世界を目指すことが、難しいと感じる人もいるかもしれません。起業家からそのような話があった場合、私はいつも「何が難しい?」と聞きます。例えば、植物の輸出規制など、妥当な理由が返ってくる可能性もあるでしょう。しかし、ほとんどの場合、本当にできないのかと問いを繰り返すと、できない理由はあまり残らないように感じます。
スタートアップの起業はハイリターンが望めますが、その分とても大変なのは間違いありません。自分の人生観や価値観に照らして、何をしたいか、何を選ぶか、が大事です。もし考えたうえで挑戦するなら、私たちが教育を通じて応援し、ビジネスとして価値があれば投資もします。
この取り組みを通じて、起業家や投資家、地方自治体、大学など、全国のプレイヤーを有機的に結びつけ、新たな地域社会のシステムを構築する。これが、弊社のロゴに込めた想いです。地方も東京も関係なく、日本中どこからでも挑戦し、イノベーションを起こせる世の中になるよう、これからも活動を続けていきます。
取材・編集・文:成田路子(クロスメディア・パブリッシング)