地元企業と共に。既存産業×テクノロジーによる、地域資源の再編集。

  • ユナイテッド株式会社 早川 与規

【スピーカー】
早川 与規(はやかわ・とものり)
早稲田大学政治経済学部卒業後、1992年、株式会社博報堂入社。1998年、米国シラキュース大学経営大学院に私費留学。1999年、株式会社サイバーエージェント常務取締役。2000年より同社取締役副社長兼COOを務める。2004年株式会社インタースパイアを設立、代表取締役社長CEOに就任。2009年、株式会社エルゴ・ブレインズと合併し、株式会社スパイア代表取締役社長CEOに就任。2012年12月モーションビート株式会社(現ユナイテッド株式会社)と合併、ユナイテッド株式会社代表取締役会長CEOを経て、2020年6月より代表取締役社長 兼 執行役員に就任(現任)。

【インタビュアー】
荻原猛(おぎわら・たけし)
株式会社ロケットスター代表取締役社長 CEO。中央大学大学院戦略経営研究科修了。経営修士マーケティング専攻。 大学卒業後、起業するも失敗。しかし起業中にインターネットの魅力に気付き、2000年に株式会社オプトに入社。2006年に広告部門の執行役員に就任。2009年にソウルドアウト株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2017年7月に東証マザーズ上場、2019年3月に東証一部上場。2022年3月に博報堂DYホールディングスによるTOBにて100%子会社化。博報堂グループにて1年間のPMIを経てソウルドアウト取締役を退任。2023年4月に株式会社ロケットスターを設立し、代表取締役社長 CEOに就任。50歳で3度目の起業となる。

新潟県出身で、東京都のユナイテッド(株)代表取締役社長 兼 執行役員である早川与規さん。

人口減少や高齢化が進む地元・加茂市に貢献するため、個人のライフワークとして2019年に仲間とともに農業法人を設立。東京ドーム約8個分の農地で大規模経営を行い、大型コンバインやドローンの導入、有機栽培、乾田直播への挑戦など、従来の農業の常識にとらわれない取り組みを重ねています。

また、新潟ベンチャーサミットへの参画や県内企業へのスタートアップ投資を通じて、地域の起業家支援にも取り組み、補助金依存でも都会の模倣でもない、既存資源を磨き直して構造から変える地方創生を追求しています。

今回は、そんな早川さんに、ローカルグロース・コンソーシアムの発起人であり(株)ロケットスター代表取締役の荻原猛が、地方発イノベーションの可能性・農業×テクノロジーの未来・新潟県だからこそ勝てる領域をはじめ、新潟県のこれからについて伺います。

地元・加茂市で始めた、農業法人と補助金に頼らない地域経営

荻原:まずは原点についてお聞きします。早川さんが新潟県に貢献したいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

早川: 新潟県に貢献したいという思いを持ち始めたのは、40歳前後のころだったと思います。

きっかけとして明確なできごとがあったというよりも、実家に帰省するたびに、地元が少しずつ衰退していく様子を目の当たりにしてきたことが大きいです。若者が地元に残ろうとしても、仕事がない、事業がない、起業する人がいないという話をよく見聞きしていたので、これは大きな課題だと感じていたんです。

私の地元は新潟県の加茂市で、現在の加茂市長の藤田明美さんは高校の後輩でもあります。さらに近隣三条市長や燕市長、元県知事も同じ高校出身者です。そういった背景もあり、地域の状況は気になっていました。

何らかの事業をつくれば、若者にとって1つの選択肢になるのではないかと思い、少しずつ「地元で事業をつくる手伝いをしたい」という決意が固まっていきました。

もちろん、若者が必ずしも地元に残る必要はありません。私自身も18歳で地元を離れましたから。でも、残りたい人や地元に戻りたい人にとって、仕事や挑戦できる環境が少ない状況は、やはり何か変える必要があると思っていました。

荻原:地元での事業を構想するにあたって、まずどのようなことを考えられたのでしょうか。

早川:私が何かしらの事業を手がけるなら、前向きに働ける方が増えるかたちで地域に貢献しようと考えました。まずはどんな事業をするべきか、よく考えました。その際、参考にした事例があります。

新潟県にはNSGグループのような存在もあります。NSGグループは教育・医療・福祉・介護など幅広い事業展開で地域に根ざし、若者を育てようとする強い意志を持ったグループです。
NSGグループ会長の池田弘さんをはじめ、新潟県の先輩経営者たちは「若者をもっと新潟県へ」という思いが非常に強いんです。

だからこそ、「稼ぐ力」をつくっていくことが重要だと考えました。補助金頼みではなく、安い労働力として活用されるのでもなく、BPOでもない事業で、自らの力で持続的に価値を生み出すかたちで収益を生み出せる事業をつくることが、本当に発展・成長するためには欠かせないと考えたのです。
こうした模索の中から、新潟県での取り組みを始めました。

荻原:実際に、早川さんはどのような事業に関わられてきたのでしょうか。

早川:まずは、酒蔵の再生案件をいくつか紹介してもらい、検討しました。新潟県は米どころであり、酒蔵も多い地域です。しかし、総じて負債が大きく、当時は利益が出ていないところが多かったのです。
もちろん、再建できる可能性はあります。ですが、酒蔵再生の取り組みはそう簡単ではなく、ライフワークとして休日だけで取り組むというわけにはいきませんでした。また、今では多くの人が手がけているため差別化は簡単ではありません。

そこで、何をするべきか考え、思い至ったのが「米」でした。新潟県のこれほど明確な強みはなかなかありません。誰もが「新潟県の米は美味しい」とほぼ間違いなく言ってくれますから。

そんなことを考えていたとき、高校の陸上部時代の後輩から「友人が加茂市で農業法人をつくろうとしている」という話を聞き、「まさにこれだ!」と思って参画しました。仲間とともに農業法人を設立し、70代、60代の農家の方と一緒に事業を始めました。私は毎年、主に田植えと稲刈りの繁忙期の週末に手伝いに帰っています。

農業法人の様子

日本の農家の平均年齢は68歳と言われています。高齢化が進んで離農する人も多いため、大規模化やテクノロジーを活用した省力化を進めなければ、農業を持続できない状況です。

でも、これは私たちにとって地域に直接的に貢献できる事業を作るチャンスでした。ビジネスとしての農業経営・テクノロジーの導入・マーケティングなど、お手伝いできる余地が大きく、工夫のしがいがあると感じました。
現在、私たちが手掛けている耕作面積は38ヘクタールです。これは東京ドーム約8個分に相当します。

比較的大規模であるため、思い切った設備投資も行いました。例えば、大型コンバインはスーパーカーが買えそうな値段でした。いわゆる「8条刈り」と呼ばれるもので、8列同時に刈り取ることができるものです。これによって作業効率が大きく向上しています。
さらに、最新の農機にはGPSやAIを駆使した機能も搭載されています。自動でまっすぐ走行し、刈り取りの高さも調整してくれたりします。

私たちが耕作している地域は平地で、区画整理された土地が多くを占めています。山間部の小さく不整形な田んぼとは異なり、100m×100mなどの整形された区画が広がっています。区画が整っているからこそ、機械化や自動化が進めやすいのが利点です。

ちなみに、ドラマ『下町ロケット』のロケ地になった新潟県燕市に近いエリアにあります。あのドラマで描かれていたような自動運転などのテクノロジーを導入する余地が、まさにある場所なのです。
そうした条件も含めて、「ここは可能性がある」と感じました。

荻原:農業に取り組むのは、設備投資や仕組みづくりはもちろん、売上や利益の面でも大変なことがあるのではないでしょうか。

早川:正直言って設立当初はかなり困りました。設立当初は米価が下落傾向で、収穫量も良いとは言えない状況でした。そのため、売上も当初の数年間は想定したラインを下回っていました。
かなりまとまった金額の融資を受けましたが、しばらく赤字が続きで、「どうやって返済しようか」と皆で悩みながら事業を継続していました。

ところが、ここ2年ほどで状況が大きく変わりました。ご存知の通り、米価が上昇したからです。2025年には売上が約3倍になりました。営業利益率もかなり高い状況になっています。
もちろん、今後も常にこの営業利益率を維持できるとは考えてはいません。正直なところ、今の米価はやや高すぎる水準にあると感じる部分もあります。米を買ってくださる生活者と、生産者が折り合う米価水準に落ち着くと思います。

でも、その前提できちんと経営を考えて農業に取り組み改善を続けていけば、例えば先進的な農業法人は営業利益率30%程度を達成できる可能性は十分にあると見込んでいます。

早川 与規氏

また、農業の事業性に関しては、そもそも日本の食料自給率が低い=供給が足りていない為、今後農業従事者の減少によって、より希少性が増していくという環境にあります。「新たなブルーオーシャンでイノベーションを起こしたい」という起業家タイプの人は、あまり農業に参入してきません。とくに農地の取得は簡単でなかったり、稲作のPDCAは一年に一回のサイクルだったりと、それなりに参入障壁が高いのです。
そういった意味でも、農業は地域貢献であると同時に、ビジネスチャンスでもあると感じています。

米の販売チャネルとして特に有効なのは、ふるさと納税です。「お米といえば新潟県」という土地のブランドが全国的に根付いているので、相性が良いですね。
ふるさと納税で販売すると、地元自治体の税収も増え、私たち生産者の収益も高まります。
どのチャネルで売るかという戦略だけでも、収益は大きく変わります。

新潟県ベンチャー支援の現場。東京とは違う、地方起業の強みと課題

荻原:ほかにも新潟県で手がけられている事業や活動について、また、早川さんの新潟県での拠点についても教えてください。

早川:毎年開催されている「新潟ベンチャーサミット」にも携わっています。これは県や地元企業、新潟県出身の上場企業経営者などが連携して行っているイベントで、地元の起業家を支援しています。
また、一昨年、昨年と、新潟県や株式会社東京証券取引所/株式会社日本取引所グループによる、新潟県内から IPOを目指す企業を対象とした「IPO 経営人材育成プログラム NIIGATA(第 3 期)~新潟 県から新たな上場企業を~」で講師を務めました。
また、ベンチャー投資という形でテック系・インターネット系の起業家支援もしています。

新潟ベンチャーサミット

新潟県は面積が全国の都道府県で5位と広く、上から下越・中越・上越という構造になっています。私の取り組みとしては、特定のエリアに強くこだわっているわけではありません。起業家は基本的に新潟市に集まっているので、テック系の活動は新潟市が中心で、農業に関しては加茂市が中心になっていますね。

荻原:では、新潟県の起業家と東京の起業家には、どのような違いがあるのでしょうか。

早川:新潟県と東京の起業家の違いについて、私がよく伝えているのは「スピード感」です。
東京の起業家は、とにかくスピードが速いですね。「いつまでにやる」という期限設定が短く、実行も速いです。ちなみに、シリコンバレーの起業家は更にもっと速いです。本格的なAIの時代になり、ますますスピードが速まることになるはずです。

一方、新潟県のスタートアップでは事業展開のスピードが遅いと感じることがあります。ピッチコンテストに参加する顔ぶれがあまり変わっていないということもあります。東京とはマーケット規模が違うので、ある程度は仕方がないとも思うのですが、スピード感は常に意識して欲しいです。

もう1つの大きな違いは、地方では「起業家」というだけで注目されやすいということです。新潟県は、起業家がまだ少ない分、目立ちやすいです。言葉を選ばずに言えば、「スター扱い」される部分もあるので、ごく稀にですが、危機感や切迫感が東京ほど強くないのではと感じるケースがあります。目立つことはメリットにもなり得ますが、危機感・切迫感・スピードの観点では注意が必要ですね。

それから、地方は起業家の数が少ない分、さまざまな公的サポートも受けられますし、支援してくれる人も多いです。起業すると、本気で助けようとしてくれる人が何人も現れます。それは間違いなくメリットです。一方東京では、誰も助けてくれない前提で、自分で何とかしなければなりませんよね。この厳しさは大きく異なります。とくにテック業界やインターネット業界の起業家においては、その差はより顕著です。

しかし、現在の起業家を取り巻く競争環境を考えると、優しい環境でゆっくり進めるのではなく、厳しくてもスピード感や実行力を持って取り組むことが非常に重要だと思います。数ヶ月でも停滞すれば、その分だけ機会を失います。もっと強力な競合が現れるかもしれないですし、マーケット環境も刻一刻と変わります。良い意味での「焦り」が必要です。

荻原 猛氏

荻原:新潟県の起業家に対しては、どのような支援をされているのでしょうか。

早川:私がエンジェルとして支援を決めたのが、2022年の新潟ベンチャーサミットで優勝した株式会社デントエックスというスタートアップです。同会で、私はピッチコンテストの審査員を務めていました。通常エンジェル投資は行わないのですが、事業の大義に共感して支援することにしました。

株式会社デントエックスは、高齢者の誤嚥性肺炎を防ぐための取り組みを行っています。誤嚥性肺炎を防ぐには口腔内の環境を清潔に保つ必要があります。ところが、介護施設に入居している高齢者の中には、自分で歯磨きができない方や介助を拒否する方もいて、それが誤嚥性肺炎につながるという課題があるのです。そこで、新潟大学歯学部出身の大塩君という起業家が同事業を立ち上げました。

ハードウェア開発を伴う事業で、当時はまだアイデア段階でした。ハードウェアは資金がかかるため、通常、アイデア段階ではなかなか投資しにくいですよね。しかし、その場で同じく審査員を務めていた株式会社スノーピーク代表取締役会長でもあり、高校の先輩でもある山井太さんから「大義のある事業なので、一緒に支援しよう」と仰っていただき、共に個人として支援することを決めました。

荻原:新潟県で起業をしようと考える方に、メリットを伝えるとしたらどのようなことがありますか?

早川:先ほどもお話しした通り、新潟県には起業家をサポートしてくれる人が非常に多いと感じますし、起業家を応援する空気があります。
東京でも地方でも、「起業したほうがいいよ」と勧める人はたくさんいますよね。でも、地方のほうが「起業したら支援しますよ」と、実際に動いてくれる人が多いと思います。起業家はここに甘え過ぎないことが重要ですが。

ただし、これは新潟県に限らずですが、起業をするのであれば、大切にしなければならないことがあります。それは、「本当に事業としてやりたいことがあるのかどうか」です。起業をしたら支援してもらえる環境が整っているとなると、まず起業した後に「何をやろうかな」と考える順番になってしまうケースがあります。しかし、それではうまくいきません。

起業家は、今の時代はただでさえ比較的周囲から持ち上げられやすい存在です。地方であればなおさらです。覚悟が足りないまま、根拠もなく「これできっと成功できる」と思い込むのは危ういですよね。

当然ですが、事業は立ち上げることではなく最後までやり切ることが重要です。
やり切るには、外側からの期待や環境ではなく、自分の内面から湧き出てくる「これをやりたい」「これをやらずにはいられない」という意志や動機が必要です。それがなければ、事業は続きません。ましてや上場を目指すような事業は成り立ちません。

ユナイテッド株式会社も「意志の力を最大化し、社会の善進を加速する。」というパーパスを掲げています。絶対にやり切るという意志や動機は事業を成功させるにあたって最も重要な条件だと思います。「見事な戦略」だけでは、決して事業は成り立ちません。

既存資源を活かし新潟県ならではの事業を。強みを磨く地域戦略

荻原:では、新潟県からどんな企業が生まれてほしいですか?

早川:私は「新潟県であることが強みになる領域」の起業家が増えてほしいと思っています。
農業はもちろん、水産業や、観光もそうかもしれません。観光で言えば、スキーがありますよね。

私も学生時代は長野県白馬のスキースクールでアルバイトをしていたので、スキーにはそれなりに思い入れがあります。雪質だけで比較すると、北海道のニセコや白馬のパウダースノーの質の高さは世界的に有名です。新潟県はそこまでの雪質ではないとも言われますが、雪質だけが価値ではないはずです。
具体的には、新潟県の「近さ」という価値は、強力です。東京から越後湯沢までは、新幹線で1時間程度で到着できます

ガーラ湯沢に至っては、新幹線駅に直結したスキー場です。そのようなスキー場は他にはありません。白馬は車で4〜5時間はかかりますし、ニセコはさらに遠いですよね。
雪質を求めて長期滞在するスキーヤーと、比較的短期の滞在で利便性を求めるスキーヤー、両方が存在し、後者の需要もポテンシャルとして大きいはずです。近年新潟県のスキー場もさまざまなアップデートがされていますが、事業機会はもっとあるように思います。

越後湯沢のスキー場

私は観光の専門家ではありませんが、スキーの例のように新潟県がすでに持っている資源を、もっと活かせるのではないかと考えています。

荻原:新潟県の企業の活性には、どのようなことが必要だと考えていますか?

早川:既存の強みを別の分野に転用することが有効な選択肢の一つだと考えています。その代表例が、新潟県を代表する株式会社スノーピークでしょう。同社が成功した主要な理由の1つは地元・燕三条地域の金属加工技術にあります。燕市や三条市は昔から金属加工の町です。同社はその技術をアウトドア分野に転用したわけです。守られ磨かれてきた高い技術力があるからこそ、美しさと使いやすさを兼ね備えたプロダクトが生まれています。価格は比較的高くても、それを補って余りある機能的、情緒的価値を提供しています。

今後、新潟県発のイノベーションを考えるときも、同じことが言えるのではないでしょうか。新潟県だからこそできることで、既存の産業基盤や地理的条件を活かせる領域にこそ、本当の可能性があると考えています。
逆を言えば、ゼロから最先端の巨大な資本投下を必要とする領域に挑むべきではありません。

例えば、AI分野で大規模言語モデル(LLM)を新潟県から立ち上げるといった話はナンセンスです。
地に足のついた領域のほうが、新潟県に限らず地方の企業にとっては勝ち筋になりやすいはずです。すでにある資源をどう転用するか、今あるものをどう活かすかという視点ですね。

荻原:具体的には、これからの新潟県でイノベーションを起こすには、どのような取り組みが求められているのでしょうか。

早川:新潟県にはこれまで培ってきた、農業や地域産業などの資産があり、これらのリデザインは非常に大きいテーマです。
例えば米づくりを、ビジネス的に再設計することは、極めて現実的であり成功する可能性も高いです。

新潟県の米づくり

農業はいま、まさに大転換期にあります。環境も市場も方法論も変わろうとしています。だからこそ、大チャンスなのです。

荻原さんや私が90年代の終わりにインターネットの登場を「時代の大きな変化であり、チャンスだ」と感じたのと同じように、いま農業は大きな転換点に立っています。

例えば、米価格の高さは、流通が悪いという単純なことに起因するものではありません。実際は、農業をやめる人が増え、供給が減っていることが大きな原因になっています。
これらを解決するために必要なのは大規模化や省力化です。

世界ではすでに、農業における省力化・AI活用・ロボティクスの導入がどんどん進んでいます。

アメリカなどの人材が余るほどいる地域で自動化を進めれば「仕事が奪われる」という反発が起きることもあるでしょう。しかし、日本の地方はそもそも人手不足で担い手がいない状況なので、AIやロボティクスは歓迎されるべき存在ですよね。つまり、実証実験や実用化をしやすい環境が日本の地方にはあるということです。農業分野は、その意味で非常に大きなチャンスです。

また、これとは別に、いきなり東京で行うにはリスクが高い事業や研究を、まずは地方で実装し、検証し、磨き上げるというアプローチも現実的です。具体的には、自動運転がそうです。東京のような過密都市でいきなり実装するのはリスクが高いですよね。新潟県などの地方は、公共交通機関が十分でない地域があったり、高齢化等によって実際の需要も多く、変化を実装できる場所と言えます。

私はよく、株式会社経営共創基盤代表取締役CEOの冨山和彦さんの著書を読みますが、冨山さんは最前線でグローバルレベルの事業にも関与されつつ、同時に地域経済の再生にも取り組んでいらっしゃいます。

冨山さんが株式会社みちのりホールディングスで、地方のバス会社を再編・経営してきた事例はとても参考になります。地方における企業活性やイノベーションにおいて、特別な魔法があるわけではなく、むしろ、原理原則どおりに構造を見直していくことが重要なのだと実感できる事例です。事業における原理原則を徹底することでかなり事業変革できる領域があるのだというヒントをもらえる、非常に本質的な取り組みでした。地方の産業には、そういった余地が残っているはずです。

東京との投資基準の違い。地方では「広がり」が重要

荻原:早川さんは、ユナイテッドの事業としてベンチャーキャピタルとして投資もされていますが、投資判断についてもお伺いしたいです。地域企業と都市部の企業で評価軸は違うのでしょうか。

早川:投資の判断軸について、東京と他の地域でとくに異なるのは「広がり」の部分ではないでしょうか。

多くの事例において、資本が集まっているのは、出発点は地方でも日本全国に展開する事業です。場合によっては海外市場含めて可能性のある事業ですね。ローカルに根ざしながらも、スケールの広い構造を持っていることが重要です。

私がユナイテッドのベンチャーキャピタル事業として出資をする場合に特に興味を持っている分野の一つが、一次産業におけるイノベーションです。

例えば「乾田直播(かんでんちょくは)」という、これまでの稲作の常識を変える手法があります。乾いた田んぼに直接種もみを撒き、水もほとんど張らない手法です。

従来の稲作は、苗を育て、田んぼを耕し、平らにし、水を張り、そこへ機械で田植えを行う非常に手間がかかるものでした。

乾田直播は、その労力を大幅に削減できます。収量は従来の水稲栽培よりは落ちますが広い農地で効率的な稲作が可能です。労働供給が減っていく中で、従来型の手間がかかる農法だけを持続するのは難しいため、省力化に向けた構造転換は避けられません。持続可能性や費用対効果の観点で、乾田直播は非常に合理的なのです。

これは米づくりにおける大きなイノベーションです。このイノベーションは日本だけではなく、東南アジアやアフリカなど、米を主食とする地域に広がる可能性があります。こう言ったスケーラビリティの有無は、スタートアップ投資判断をする上では重要です。

農業分野以外では、ユナイテッドが出資している株式会社SHONAIがグループで行なっている事業群は先進的で「広がり」=スケーラビリティがあります。

SHONAIが手がける事業の一つである「スイデンテラス」は、庄内地方、山形県鶴岡市の田んぼの真ん中に建つ宿泊施設なのですが、世界的建築家の坂茂さんが建築を手がけた非常に洗練されたデザインが特徴的で、その空間とコンテンツは文化的な価値を持っています。

スイデンテラス


スイデンテラスも、そうした地域活性への本気の取り組みの中で生まれました。そして今後SHONAIは、株式会社エスコンと組み、日本各地に同様のモデルを展開しようとしています。

巻き込まれながら地元と築いた信頼関係で、新潟県の10年を設計

荻原:改めて、新潟県での早川さんの立ち位置について教えてください。

早川:いくつかの取り組みに関わっていますが、起業家支援として代表的なのは新潟ベンチャーサミットです。新潟ベンチャーサミットは、新潟ベンチャー協会が主催です。会長は、フラー株式会社 代表取締役会長の渋谷修太さんで、彼を中心に地元の経営者が中心となって運営しています。株式会社NSGホールディングス代表取締役社長の池田祥護さんや、株式会社ハードオフコーポレーション社長の山本太郎さん、ほかにも新潟県にある企業の後継ぎの方々も積極的に関わっています。いわゆるスタートアップだけのコミュニティではなく、既存産業も含めた横断的な場になっているのが特徴です。

私の立場としては、新潟ベンチャーサミットからスタートアップピッチの審査員を依頼していただいたり、セッションへの登壇に声をかけていただいたりという形でのお手伝いをしています。

新潟ベンチャーサミットでセッションのモデレーターを務めた際の様子

新潟県内の取り組みは、どれも「ちょっと手伝ってもらえないか」と声をかけてもらえたところから関わりが始まっています。ある意味で、地域との関係性が少しはできている証でもあるのかもしれません。

個人のライフワークとして関わっている加茂市の農業法人については、私とは別の社長が現場で運営しています。私の本業でありコミットしているのはユナイテッド株式会社の経営ですので、農業を1人でゼロから始めことはなかったと思います。

実際、見慣れない人間が田んぼに立っていると「お前、どこの者だ?」と言われますが、「〇〇さんと一緒にやっています」と言えば、「あー、そうか。頑張ってな。」という感じで受け入れてもらえます。「誰かの知り合い」というつながりをきっかけに関係が広がっていきやすく、新潟県出身というだけで距離が縮まることもあります。

なんでもそうだと思いますが「一生懸命やっています」という姿勢をきちんと見せ続けて信頼できる存在になることができれば、理解してもらえるので、そのように心がけています。

荻原:早川さんが関わる近年の事例で、とくに興味深いものについて教えていただきたいです。

早川:毎年シリコンバレーに視察や情報収集に行っています。昨年、2025年の秋に訪問した際にはAIに対する日米の温度差に衝撃を受けました。生成AIのみならず、AIエージェント、フィジカルAIへの進化を見据えて、さまざまな取り組みが実行に移されていました。例えば、AIの世界と農業などの一次産業は、一見すると両極端です。しかし、両者をつなぐことにこそ大きなチャンスがあると感じていて、これは日本の未来にとって非常に重要なことです。

日本は労働供給が減少していますよね。人手不足は構造的な問題であり、テクノロジーを使わざるを得ない環境にあります。だからこそ、こうした融合は現実的に必要なんです。

農業や地場産業にAIをはじめとするテクノロジーを掛け合わせることは、ビジネス視点でも大きな可能性を秘めています。

AIそのものの領域で勝負するというのも、もちろんチャンスはあるでしょう。しかし、そこは世界中の天才たちがしのぎを削る、極めて競争の激しい市場です。一方で、一次産業には情報の非対称性があり、まだテクノロジーが十分に入り込んでいない領域、活用すべき領域が多く残っています。ここにAIやデータ活用を実装すれば、まだまだ伸ばせる余地があるわけです。

テクノロジーと一次産業、地方とグローバル、そして、志と事業性をどう結びつけるか。そこに次の地方発イノベーションのヒントがあるのではないでしょうか。

新潟県の起業家にとっても、目の前にある産業や資源をテクノロジーで再定義する視点を持つことでチャンスが広がると思います。

荻原:これからの10年で、新潟県がどんな地域になってほしいですか?

早川:正直なところ、私は自分自身が新潟県について何かを語れる立場だとは思っていません。でも、既に地域が持っているものをバージョンアップして新しい価値を創りだすことが、いちばん早く、現実的な道だと感じています。

他者から見れば非常に大きな価値を持つ技術や知見が、地域の中には埋もれている可能性があります。
東京にしかないものや、シリコンバレーにしかないものを、無理に真似する必要はありません。

新潟県にしかない資源・技術・風土をどう活かすかを考えることが、これからもっとも重要だと感じています。

無理に都会型のモデルを持ち込むのではなく、今すでにある資産を磨き直すことで新潟県で発展し、それが日本全国に広がって、ひいては世界でも通用する企業がたくさん生まれるお手伝いができれば嬉しいです。

荻原:本日は、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

 

【編集後記】
補助金に頼らず、既存資源を磨き直して地域を成長させる。早川さんの話には、地方創生を事業として成立させる方法がたくさん詰まっていました。大規模農業への投資とテクノロジー導入、そしてスタートアップ支援が一本の線でつながり、新潟の次の10年が具体的に立ち上がってきます。取材後、地域の可能性は“外から与えられるもの”ではなく“内側から設計するもの”だと強く感じました。
クロスメディアグループ株式会社 代表取締役 小早川幸一郎

【企画・制作】
クロスメディアグループ株式会社
ビジネス書の出版を中心に、経営者や企業のブランド価値を高める編集を手がける総合コンテンツ企業。取材を通じて経営理念や魅力を言語化し、書籍、Web、映像など多様なメディアで発信。

TOP