塚田 英次郎(つかだ・えいじろう)
World Matcha代表取締役。1975年生まれ。1998年、新卒でサントリー株式会社入社。「GOKURI」「伊右衛門 特茶」など、ヒット商品を手掛ける。社内ベンチャーにてサンフランシスコに抹茶カフェ「Stonemill Matcha(ストーンミル・マッチャ)」を開店。サントリーを退職後の2019年1月、米国にてWorld Matchaを創業し、2020年10月、抹茶マシン「Cuzen Matcha(空禅抹茶)」を全米で販売。2021年、日本でも販売開始。2025年現在、ECを通じて20カ国に展開する。「CES 2020」イノベーション賞、「クールジャパン・プラットフォームアワード2024」プロジェクト部門準グランプリなど、世界で9つの賞を受賞。
アメリカで人気な日本茶。大谷翔平選手がベンチで緑茶を飲む映像を見た人も多いのではないでしょうか。日本茶のなかでも、特に人気なのが「抹茶」です。抹茶フレーバーのドリンクやスイーツは、売り切れる店や、行列で入れない店があるほど流行しているといいます。
その裏側で、「抹茶本来の価値を広めたい」と、2019年1月にスタートアップ「World Matcha(ワールド・マッチャ)」を立ち上げたのが、元サントリー社員の塚田英次郎氏。『サントリー緑茶 伊右衛門「特茶」』や『GOKURI』などヒット商品の開発を主導してきた同氏は、現在、最高品質のオーガニック抹茶と抹茶マシンを世界20カ国に届けています。
販売したマシンは累計1万台超。塚田氏が世界中に届けたいと願う、本質的な抹茶体験について聞きました。
抹茶ブームに見る2つの課題
いまアメリカでは、あらゆる飲食店に抹茶ドリンクが標準装備されています。カフェや、タピオカティーの店でも抹茶ドリンクは人気で、日本以上に定番メニューとして扱われています。
アメリカに抹茶が入ってきた2014年、ニューヨークで初めて、抹茶をメインに扱うカフェがオープンし、人気を呼びました。当時、人気となった理由は、主にファッション性からです。
緑は若者を表すカラーでもあるせいか、茶色いカフェラテより、緑の抹茶のほうが「イケてる」と、見た目の鮮やかさが人気を呼びました。抹茶にミルクを加えた抹茶ラテ(緑×白)以外に、抹茶といちご(緑×ピンク)、抹茶とラベンダー(緑×紫)など、新しい味が次々と登場し、ミレニアル世代を中心に抹茶ドリンクをインスタグラムに投稿する人が増えていきました。
抹茶が受け入れられたことは喜ばしいことです。ただ、これは抹茶の一側面にすぎません。アメリカの抹茶ブームを見るなかで、私は特に2つの点が気になっていました。
1つは、「抹茶は苦い」という認識が先行していたことです。ほとんどの場合、アメリカの抹茶ラテには「苦い抹茶」が使われていたため、「抹茶イコール苦い」「抹茶は砂糖とミルクを入れないと飲めない」という印象ばかりが、人々に強く残っていました。
しかし、抹茶は本来「苦い」ばかりではありません。茶葉の品質や淹れ方を変えると、印象は大きく変わります。もちろん人によって味の感じ方は違いますが、アメリカ人に高品質な挽き立ての抹茶を飲んでもらうと、多くの人は、「これほど違うのか」と目を見開いて驚きます。
良い抹茶は砂糖やミルクなしでも美味しく飲める。このことがわかれば、アメリカでも抹茶の持つ本来の良さがより浸透していくはずです。
アメリカのブームに感じた違和感のもう一つは、バリューチェーンにおける収益構造です。生産者が販売した抹茶は、加工・流通・小売りへと渡るなかで価格が吊り上げられていきます。最終的には、体よくブランディングして消費者に提供する小売業者に、最も収益が入りやすい構造です。
日本のお茶農家さんが丹精込めてつくっても、なかなか儲からない。このねじれた構造に、もったいなさと、悔しさを覚えていました。
こうした状況が起きている根本的な理由は、アメリカで「抹茶本来の価値が伝わっていない」からです。これまでお茶事業に関わってきた私は、これらの問題を解決しなければならないという使命感を持って向き合っています。

写真:World Matcha提供
「日本人」への期待
2018年5月、日本の高品質な抹茶を世界に広めたいと思い、サントリーで社内ベンチャーを立ち上げました。それが、サンフランシスコで抹茶の本質を体験できる抹茶専門カフェ「Stonemill Matcha」です。
立ち上げに向けて、まずアメリカ人に抹茶に関する調査を実施しました。そこで聞こえてきたのは、「日本のお茶だから、日本人は私たちより抹茶に詳しいはず」「日本人が選んでくれた抹茶なら、間違いないと思う」という声です。日本発祥の抹茶だからこそ、それを広める主体は、日本人であってほしい。彼らの声にはそんな想いが込められていると感じ、あらためて日本人に向けられた期待に気づかされました。
Stonemill Matchaがオープンの日を迎えると、初日から驚くほど盛況を見せ、開店前から閉店まで、行列が途絶えない日々が続きました。しかし、喜びも束の間です。会社の方針が変更され、私は日本へ帰国することになったのです。帰国決定を知り、3カ月間は立ち直れず、意気消沈した日々を過ごしました。
しかし、今やめてしまえば、本来の抹茶の良さが広まらない。お茶に関わってきた日本人の自分には、抹茶の価値をアメリカへ届ける使命がある。そう考えた私は、サントリーの退職を決意しました。新卒で入社してから21年が経った頃でした。

お客が行列をなしているサンフランシスコの「Stonemill Matcha」(写真:World Matcha提供)
抹茶を日常にする「マシン」
サントリーを退職し、2019年1月、私が43歳のとき、サンフランシスコでWorld Matcha Inc.を創業しました。資金も人手もありませんでしたが、妻と親友が応援してくれて立ち上げることができました。そこで開発を決めたのが、抹茶マシン「CUZEN MATCHA(空禅抹茶)」です。
抹茶マシン開発の背景には、ある仮説がありました。それは「手軽で簡単に抹茶の美味しさに触れられたら、もっと多くの人が飲むようになるはず」というものです。毎日、抹茶を飲みたくなるには、「簡単に」かつ「美味しく」飲める仕組みが必要でした。
何か似たものがないか。そう考えるなかで思いついたのが、ネスレ社の提供していた「ネスプレッソ」です。
従来のエスプレッソマシンは、フィルターバスケットに「粉」を入れて、タンピング(コーヒーの粉に圧力をかけ、水平に押し固める工程)をした後、マシンにセットして抽出します。一方、ネスプレッソマシンは、「カプセル」を入れてレバーを回し、ボタンを押すだけで抽出できます。扱いづらい「粉」を「カプセル」に閉じ込め、家庭で簡単にエスプレッソを楽しめる仕組みを実現させました。
しかし抹茶の場合、粉末では、パッケージ開封後2〜3日経っただけでダマができてしまいます。ダマを無視して強引に茶筅(ちゃせん)で点てると、ザラザラした口当たりの悪さが残ります。それを避けるためには、篩(ふるい)で粉をこして、茶筅でシャカシャカと時間をかけて点てなければいけません。
多くの人は、この工程を面倒だと感じるでしょう。そのうえ、たとえ手間と時間をかけてつくっても、挽きおき(粉末にして時間が経過したもの)の粉では風味が落ちてしまいます。
「液体」で売る方法もあります。しかし、サントリー時代にペットボトルのお茶を扱っていた私は、液体で売るデメリットをよく知っていました。液体は酸化が早く、長期保存するためには熱殺菌しなければいけないこと。熱殺菌をすると色も風味も飛んでしまうこと。液体のお茶はペットボトルに詰めるために、さまざまな制約条件のなかでつくる必要があるのです。
ならば、茶葉の状態から簡単に挽いて点てられるマシンがあればいい。そう考え、抹茶の原料である碾茶(てんちゃ)から液体をつくる装置の開発を始めました。
私は、「特茶」に携わっていたとき、数十分かけて丁寧に石臼で挽いた粉を点て、抹茶を一服した経験があります。挽き立ての抹茶は香りも際立っており、これ以上ないほど緑色も鮮やかです。抹茶の持つ本来のおいしさを知った原体験として、今でも心に残っています。
同時にもう一つ印象深かったことが、石臼で挽く工程が非常に大変だったことでした。その手間を、テクノロジーで簡単にできる設計にしたのがCUZEN MATCHAです。

「CUZEN MATCHA」の抹茶マシン(写真:World Matcha提供)
抹茶の本質をつくる「3つの要素」
挽き立てを提供することで、抹茶が持つユニークネスを体験できる――CUZEN MATCHAは、そんな製品を目指して開発しました。私は、そのユニークネス、つまり抹茶の本質をつくる要素とは、次の3点にあると考えています。
1点目は、育成工程で「茶木に覆いをかける」ことです。茶木に芽吹いた新芽に覆いをかけて日光を遮ることで、テアニン(うま味)を保持し、カテキン(渋み)を抑えるとされています。これによって抹茶本来の味わいが感じられます。
2点目が、「粉にして飲食する」ことです。一般的なお茶は、淹れた後で茶殻を捨ててしまいます。しかし抹茶の場合、原料となる碾茶を石臼で挽いて粉末にするため、捨てることなく、まるごと食べられます。
そして3点目が、「挽き立てを味わう」ことです。抹茶は挽き立てを飲むことで、その本質を感じることができ、本来大切にすべきところだと、私は考えています。
かつて抹茶は、原料である碾茶の状態で流通していました。茶席の直前に主人が重い石臼を何時間も回し続け、挽き立ての粉を、茶会で振舞っていたのです。
しかし、いつの時代からか、お茶屋さんがあらかじめ碾茶を挽いた状態で茶席の主人に納品するようになりました。それから挽きおきの粉が流通するようになり、「抹茶といえば粉末が当たり前」という認識が一般化していったのです。
ハードウェア開発の壁
簡単に挽き立ての抹茶をつくれるマシンができれば、健康的でおいしい、従来の抹茶体験を届けることができる。それを目指してCUZEN MATCHAの開発を決めたものの、資金調達には大きな壁がありました。
私が起業したシリコンバレーには多くのスタートアップがありますが、ほとんどがソフトウェア企業です。ハードウェア開発のスタートアップへ投資しても、お金を溶かされてリターンがなかった経験をしている投資家が非常に多くいました。そのため、CUZEN MATCHAに関しても、「本当に今これをつくる必要があるのか」「ハードウェアで成功するのは難しいのではないか」と疑問視する声も多く、なかなか資金が集まりませんでした。
挽き立てで提供するには、抹茶マシンか石臼しか選択肢がありません。資金が集まらないからといって、マシンをつくらないわけにはいきませんでした。最終的には、私の人間性を知っている人やストーリーに共感してくれる人が出資者になってくれました。投資家というよりは、「塚田ならやるだろう」と言ってくれる、応援団のような存在です。
一人ひとりに説明をしながら、数十人の投資家から少しずつ資金を預けてもらい、創業した翌年の2020年1月には、世界最大の家電見本市「CES 2020」に出展できるまでになりました。10月には全米で販売し、2021年7月からは日本でも販売しています。

CES2020出展時。塚田英次郎氏=右から2番目(写真:World Matcha提供)
日本の農家が高く評価される世界
現在、アメリカ企業では、パントリーにCUZEN MATCHAを置く企業も増えています。アメリカ市場での抹茶の需要は、さらに高まっていく見込みです。
その流れを受け、日本市場でも積極的にCUZEN MATCHAの導入を進めています。日本人が海外に行ってご当地名物を試すのと同じように、来日したからには「日本らしい体験をしたい」と思う外国人は多いはずです。メニューに抹茶ラテや抹茶カクテルがあれば、きっと試してくれるでしょう。本格的な抹茶を取り入れたいものの品質管理の難しさや人手不足などで悩んでいるホテル、カフェ、レストラン、バーに業務用マシンを導入していきます。
今の日本では「抹茶をマシンで点てるなんて、抹茶とは言えない」と感じる人もいるかもしれません。たしかに、茶道を知っている人にとっては、抹茶は作法を守り、掛け軸や床の間がある茶室で一服する伝統的な飲み物という印象が強いと思います。その伝統は守っていくべきものです。
一方で、私たちが挑戦しているのは、忙しい朝でもボタン一つで淹れた“日常の抹茶”を楽しめる世界をつくることです。文化的な営みとしての茶道から少し視点を変えて、この“緑の液体”そのものにフォーカスすることで、抹茶を、誰もが手軽に飲める日常の飲み物にしていきたいと考えています。
日本の農家さんが丹精を込めてつくった抹茶を飲み、「抹茶はいいものだよね」とほっとする。世界中の人々に、そんな体験をしてほしい。
これからも、何十年、何百年かけて、日本の高品質の抹茶を、一人でも多くの人に届けていきます。誰かがやらなければいけないことです。
抹茶マシンを通じて、海外で新たな需要をつくる。そうすることで、本当に良い茶葉をつくってくださっている農家さんたちが世界で評価されるよう、努力していきます。

写真:World Matcha提供
編集:金藤良秀、文:平谷愛(以上、クロスメディア・パブリッシング)