真下健吾(ましも・けんご)
ちばぎん商店株式会社代表取締役
千葉大学法経学部総合政策学科卒業。新卒で千葉銀行に入行し、銀行員として千葉県内の支店での個人・法人向け渉外担当や経営企画部での千葉銀行グループの中期経営計画策定などに従事。その後、新事業担当として、2021年のちばぎん商店(株)の設立に企画起ち上げ当初から関与し、2023年より同社の代表取締役に就任する。新しい千葉のブランドを生み出すべく、「C-VALUE」というプロジェクトを運営する。
自分たちがつくる商品やサービスを、もっと多くの人に届けたい。仕事をする人は誰でも、自社の事業に熱い想いを持っています。しかし、販路開拓が十分ではない、PRの仕方がわからないなど、ピースの不足が原因で拡大に至らないことが多いのも事実です。
事業者単独で進むには難しい道を切り開くのが、地域商社であるちばぎん商店です。同社が行う「C-VALUE」というプロジェクトでは、クラウドファンディングやECを活用した独自の手法で、千葉県に関連する企業の成長に寄与しています。単独の取り組みで終わるのではなく、チャレンジを繰り返す。1社での商品開発ではなく、事業者同士をつないで新しい可能性を探る。地域のポテンシャルを生かした拡大について、同社代表取締役の真下氏に伺います。
3つのステップで地域の発展に貢献する
ちばぎん商店は、千葉銀行を母体とした地域商社です。地方銀行は、地元企業や個人のお客様と強くつながっています。千葉銀行は千葉と共に成長し、共に生きる機関であり、千葉の活性化なくして千葉銀行の成長もありません。地域社会の持続的な発展に貢献するため、千葉に関連する事業者様の支援をしています。
私たちのプロジェクトは、千葉から新たな価値を生み出していきたいという想いと、千葉の頭文字の「C」から、「C-VALUE」という名前にしています。大きく分けて3つのステップで、新商品の開発・販売から販路開拓など一連のプロセスを伴走しています。
ステップ1は、「C-VALUEクラウドファンディング」です。事業者様と共に開発した商品・サービスのテストマーケティングや、プロモーションの場になっています。
世の中には、高品質な商品やサービスが溢れています。既存の商品を通常の方法で販売するだけでは、なかなか消費者に届きません。商品の魅力だけではなく、企業の持つストーリーを伝えることが、差別化につながります。
私が銀行員として地元企業を訪問していたとき、皆さん自社の事業に対する想いを楽しそうにお話しされていました。しかし、その熱い想いを媒体に載せて発信するという選択肢を持っていなかったり、そもそも自分たちの商品にどのような魅力があるのかを自覚していなかったりすることもあります。
クラウドファンディングでは、ページ上で自社の想いや商品開発の背景などを伝えることができます。企業のストーリーに触れた消費者の共感を引き出すことで、ファン化を促します。
また、在庫リスクの低さもクラウドファンディングのメリットです。通常のチャネルで商品を発売するためには、注文に対応するため一定の在庫を持たなければいけません。新商品の場合は必要以上に生産してしまったり、生産が間に合わなかったりする場合があります。もちろん、管理費用もかかります。その点、クラウドファンディングではプロジェクトの期間中に集まった注文数だけを販売する方法も取れるので、無駄なく生産できます。
ステップ2は、「C-VALUEショッピング」です。クラウドファンディングで生み出された商品に加え、既存の商品を販売するためのECサイトです。
ECと言えばAmazonや楽天といったモールが有名です。事業者様にとっては、それらの代わりにというわけではなく、従来通り活用した上で、C-VALUEにも出品する。販売チャネルが多ければ多いほど、ユーザーの目に触れやすくなります。千葉県発の商品・サービスとして、地元のお客様を中心に、全国に向けて販売しています。
ステップ3は、「個別ブランド化・販路開拓支援」として、主に催事やイベント開催などのリアルな販促支援を行っています。
現代ではクラウドファンディングやECなど、デジタルで買い物をすることが当たり前になっていますが、やはりお客様とリアルで交流をすることも大事です。サイト上で購入ボタンをクリックしてもらうまでには、いくつもの壁があります。実際に商品を手に取ってもらい、商品の魅力を知ってもらうほうが購買率は高くなります。県全体に販売網を広げることで、PRや認知拡大にもつながっていきます。
「いまある価値」をより高めるリブランディング
千葉には山もあれば海もあり、令和3年の農業産出額と海面陸揚金額はともに全国第6位と上位に位置しています。また、都心と地方の性質を兼ね備えている地域は全国を見ても数が少なく、大きなメリットになります。人口600万人以上と県内が大きなマーケットになりますし、観光面では首都圏の方々やインバウンドも呼び込みやすい。
しかし、こうした魅力が全国に伝わり切っていません。私も、この仕事についてから千葉の名産品にアワビや伊勢海老があるのだと知りました。魅力ある素材や商品が溢れているのに、何かしらの理由で売れていない。パッケージのデザインなのか、訴求方法が悪いのか、そもそも商品そのものを変えなければいけないのか。企画を立てる際は、根本的なところから事業者様と相談します。
以前、最高ランクの千葉県産和牛を使ったローストビーフを開発したことがあります。ローストビーフ単体で販売してもそれなりに売れるでしょうが、大きく広げるためにはもう少しエッセンスが欲しい。そこで、お肉だけではなくソースまでこだわった商品を開発することになりました。
県内の醤油醸造所に協力してもらい、ローストビーフに合う味を試行錯誤してオリジナルソースを開発しました。セットにすることで買っていただいた方にはより楽しんでいただけますし、マーケティング上でも差別化を図ることができます。クラウドファンディングの目標金額は30万円でしたが、最終的には123万円超が集まり、達成率411%と大成功を収めることができました。
現在C-VALUEの顧客は、「地元のものだから応援しよう」と利用してくださる方が多くを占めています。今後我々の事業をスケールさせていくためには、さらにマーケットを広げていかなければいけません。今後は全国展開できる商品力や生産能力を持つ体制をつくり、千葉の商品を全国に広げていきたいと思っています。素材や既存商品に力があるのだから、売り方を考えていけばどんどん伸びていくはずです。
銀行ならではのネットワークを生かす
近年、ビジネス環境は急速に変化しています。金融業界にも他業界のプレイヤーが参入するなど、変革が求められています。千葉銀行としても、お客様への価値提供の幅を広げたり、視点を変えていかなければいけないという課題がありました。
従来、銀行が行うことのできる事業は厳しく制限されていましたが、地域商社を100%子会社化できるようになるなど規制緩和が進んでいます。消費の減退や地域の衰退などが進むなかで、ビジネスモデルの変革を余儀なくされる事業者様の支援や地域活性化に関する取り組みなどをより行いやすくするためです。
金融とは違う面で私たちがお客様の役に立てるところはないかと模索した結果、お客様の本業支援につながる地域商社を始めることになりました。
外出規制で落ち込む消費への対応には、ECやクラウドファンディングといったデジタルチャネルが考えられます。ただし、中小企業が単独で運営するにはハードルが高い。そこを当社が担うことで、お客様の役に立てるのではないかと考えました。
ただ、それだけでは他の企業でも同じことができます。当社の強みとなっているのは、千葉銀行の持つ地方銀行ならではのネットワークです。
お取引先の本業支援や地域活性化は当行グループとして取り組んでいますので、その一環で約150店舗程度ある銀行の各店舗にC-VALUEのチラシを設置する、数十万人のメルマガ会員への配信でC-VALUEの取り組みを紹介するなど、千葉銀行の持つ顧客基盤にリーチできます。単独の企業でこれだけの発信を行うことは難しいと思います。
それに、千葉銀行と取引のある事業者様同士をマッチングすることができます。商品やサービスのアイデアを持っていても、原材料が揃えられない、デザインをしてくれる会社が見つからない、製品を作る工場がないなど、ピースが足りないことで実現できないことがたくさんあります。私たちのネットワークを活用して事業者様同士をつなぎ、商品開発をコーディネートしています。
一例として、「みなよし米」という千葉県市原市で生産されるお米があります。養老川から流れる水と肥沃な大地で育つおいしいお米ですが、全国の多種多様なお米がスーパーに並べられる中では、差別化が難しい。そのままの形で売るのではなく、新しい商品はできないかと考え、「甘酒」を作ることになりました。製造面で県内の味噌店に協力してもらい、プロジェクトの販路を活用しています。
別の事例では、自治体と連携して「多古米」というお米のブランディングを支援したこともあります。「多古米おかず選手権」として、多古米に合うおかずのレシピを募集するイベントを開催しました。優秀作品は、県内の工場で瓶詰めや冷凍食品として商品化されています。
ひとつの企業だけで完結させようとするのではなく、複数の企業や関係者を巻き込んでそれぞれが持つ強みや特徴がかけ合わせることで、新たな価値が生まれ、企業成長の源泉になっていく。その一端を私たちが担うことで、地域の発展につながると考えています。
循環の渦を全国に広げる
「小湊鐵道with C-VALUE」というプロジェクトでは、小湊鐵道というローカル鉄道沿線の地域活性化を目標に事業者を公募し、さまざまな企画を実施しました。
例えば、「小湊鐵道夜トロッコ特別企画。ナイトタイムトリップ2022」は、小湊沿線をトロッコ列車で走り、美しい自然を眺めながら食事やお酒を楽しむものです。千葉の柚子を使用したスパークリングワインや千葉の酒蔵で造った日本酒、小湊鐵道の上総牛久駅前にある牛久商店街の肉屋、鮮魚店、米屋、和菓子屋の商品を使用したお弁当などが振る舞われました。
その他、11のプロジェクトを一斉に立ち上げ、沿線の名産品や美しい景色を多くの人に知ってもらうことができました。さらに、参加した事業者様や消費者の方々の間で、新しいコミュニティが構築されています。
C-VALUEのコンセプトは、『「5つのC」を連携させ「CHIBA」の 新たな価値(VALUE)を生み出す』です。
5つのCには、「Challenge(挑戦)」「 Create(創る)」 「 Community(コミュニティ)」 「Collaboration(共同)」「Cycle(循環)」の意味を持たせています。積極的に挑戦をしなければ、新しいものを創りだすことはできません。より大きな価値を生むために、コミュニティを広げ共同で事業を行います。
そして、ひとつの商品を開発するだけではなく、次の可能性を模索する。ひとつの事業者様だけではなく、複数の事業者様をつなぐことで可能性を探る。そうしたチャレンジを繰り返すことで、渦が生まれます。範囲を広げることで渦はさらに大きく、深くなり、地域全体がアップデートされていきます。
C-VALUEと同じように、他の地方銀行が運営するクラウドファンディングがあります。いくつかのケースでは、立ち上げに際して私たちがサポートさせていただきました。見方によっては競合だとも考えられますが、私たちはそう捉えてはいません。
私たちのモデルを横展開すれば、他の地域も盛り上がります。ビジネスモデルが醸成されていくなかで新しいノウハウを得ることができ、さらに再現性が増していく。こうした循環に、敗者は存在しません。各地域で自分たちの魅力を再発見し、全国へ広げていくことができれば、日本全体が元気になるのではないでしょうか。