市丸 翔大(いちまる・しょうた)
有限会社 菓心まるいち 取締役副社長。2015年、新卒でソウルドアウトへ入社し、営業部でWEBマーケティングに従事。2020年5月、佐賀県の実家である和菓子屋「菓心まるいち」入社、企画マーケティング室長に就任。2024年9月、取締役副社長に就任。代表取締役社長である兄・市丸剛(いちまる・つよし)氏と共に同社を経営し、製品の企画、開発、マーケティングを管掌する。年間1000個以上のあんこ菓子を食べ、和菓子とあんこの魅力を発信する、自称「あんこ王子」。佐賀と東京の2拠点で生活。
古くから日本のお茶の間を彩ってきた和菓子。日常の“おやつ”や贈答品として年代を問わず親しまれてきました。
そんな和菓子を新たな角度から捉え直そうとしているのが、1950年創業の老舗「菓心まるいち」取締役副社長の市丸翔大氏です。「和菓子×バー」や「和菓子×演奏」など、意外なものを掛け合わせながら、その文化を未来へ伝え遺そうと奮闘しています。
なかでも彼が強い愛を持って研究対象としているのが、多くの和菓子の味を支える「あんこ」。その奥深さに惹かれ、年間1000個を超える和菓子を食べながら、広く魅力を発信し続けているといいます。
「人々が思うより、あんこは、もっとおもしろい」。そう強調する同氏は、和菓子とあんこの可能性をどう見据えているのでしょうか。
「和菓子」の枠組みを外す
和菓子は古くから日本で愛されてきました。ただ、長年続く文化だからこそ、良くも悪くも「和菓子とはこういうものだ」というイメージが、少なからず人々に根付いています。
たとえば時間帯です。和菓子といえば「お昼」に食べるものと思う人が多いのではないでしょうか。これを「夜」に食べるものと考えれば、バーで提供する選択肢が生まれるかもしれません。そこで私は、実際に和菓子をバーで提供してカクテルと一緒に楽しんでもらう場を企画しています。
「食べ放題」もそうです。ケーキは食べ放題がありますが、和菓子はあまり聞きません。そこで私は和菓子の食べ放題を実施しました。これは「たくさん食べてほしい」というより、「普段あまり食べないものを味わってもらいたい」という思いからです。
普段から和菓子屋に通う人であれば、さまざまな商品を食べたことがあるかもしれません。しかし普段あまり和菓子屋に行かない人は、気になる商品があっても、食べ慣れた「いつもの商品」を選ぶ傾向にあると感じます。そんな人も「食べ放題」ならば、気になっていたものを心ゆくまで試していただけるはず。そう考えて実施した「和菓子×ビュッフェ」は新たな体験としてとても良い反響をいただきました。

家族やカップル、友人同士で賑わう「和菓子×ビュッフェ」イベントの様子
他にも、アーティストの生演奏を聞きながら和菓子を味わう「音楽×和菓子」、お茶ではなく日本酒とペアリングさせた「日本酒×和菓子」、高校生・専門学生・大学生とコラボした「学生×和菓子」など、数々の企画を試しては検証を繰り返してきました。
地元地域のお客様から、「まるいちの和菓子はおいしい」という評価を数多くいただきます。そうしたおいしさを認めていただく声があるからこそ、さらなる可能性として、「和菓子って、こんな楽しみ方をしていいんだ」という気づきを与えたい。夜に楽しんでもいいし、食べ放題をしてもいいんです。「いつ」「何と」「どう」掛け合わせるかで、その見え方はまったく変わります。
和菓子は日本人なら誰でも馴染みがあるもの。しかし「よく知っている」と思われているものにこそ、まだ気づかれていない“未知の良さ”が隠れているはずです。そして新たな楽しみ方を知れば、茶室で静かに嗜むような従来の味わい方の素晴らしさも、あらためて見えてきます。
和菓子の革新を探りながら伝統を守る。そんな両極のマーケティングをさまざまな形式で試しています。
着目したのは「中身」
和菓子のなかでも私たちがこだわり、おもしろいと感じているのが、「あんこ(餡子)」です。どら焼きや大福、練り切りのような特定のお菓子ではなく、その中にある、あんこそのものです。

「菓心まるいち」のあんこづくりの様子
和菓子屋では、「あんこ」だけを売っているケースは少なく、どら焼きや大福のように別の素材と合わせた製品にして提供するのが一般的です。しかし私はあるとき、「あんこって、実はおもしろいんじゃないか?」と思うようになりました。
あんこに着目したきっかけは、あんこを啓蒙する団体「日本あんこ協会」が主催するイベントに参加したときです。品種別に約10種類の小豆が用意され、すべて同じ配合、同じ炊き方でつくられたあんこを食べ比べるというものでした。
そこで食べ比べたなかで一番おいしいと思った小豆があり、当時社長をしていた父に話したところ「それはうちで使っている小豆だ」と言われ驚きました。昔から食べ慣れて身体に染みついていた味を、無意識に選んでいたのです。こんな不思議な体験をきっかけに、あんこの探究が始まりました。
知れば知るほど、あんこのおもしろさに魅了されます。「粒あん」や「こしあん」だけでなく、イチゴやソーダなど、混ぜるもので味がまったく変わる。練り方ひとつで、固くも柔らかくもなる。さらに主な原材料となる小豆は、エネルギーやたんぱく質、ビタミンなど高い栄養価があり、和菓子だけでなく、パンやアイス、洋菓子などにも幅広く使える。“変幻自在”な、あんこの姿が見えてきます。
私たちは無添加でおいしいあんこづくりへの自信とこだわりを持っています。お客様からは、「まるいちさんのあんこ、美味しか(おいしい)もんね~」と、和菓子ではなく「あんこ」の味を褒めていただくことも少なくありません。こうした声に力をいただきながら、「あんこは、もっとおもしろいはず」と信じて、いまもあんこの可能性を探っている最中です。
「飲めるあんこ」の誕生
2023年に開発したのが、あんこをパウチに詰めた「餡MMu(あんむー)」です。

完全無添加のエネルギー補給飲料「餡MMu」
開発のきっかけは、あるスポーツ選手から「海外遠征で日本食を持って行きたい」という相談を受けたことでした。スポーツ選手の海外遠征では1~2カ月ほど滞在することもあり、その期間、現地の食事が合わずに体重が激減してしまう選手は少なくないといいます。良い食事ができなければ、パフォーマンスも低下します。
おいしくて、保存が利き、栄養補給もできて、メンタル面のコンディションも保てる。これらの要素を網羅した商品として誕生したのが餡MMu(あんむー)です。幸いにも選手に好評をいただき、オンラインショップでも販売しました。
そこで驚いたのは、スポーツだけでなく、医療・福祉領域でも役立っているというレビューがあったことです。
病院や介護施設では、食べ物を飲み込むことが困難な「嚥下障害」にある患者さんもいます。高齢になるほど、ものが飲み込みづらくなるため、固形物から栄養補給ができず、液体やゼリー状のもので補給するしかなくなります。
そうした施設において餡MMu(あんむー)は患者さんがスムーズに口にでき、しかもおいしい。それも点滴などではなく、口からものを食べられることで食欲が湧いてくるといいます。
何より感動したのは、レビューに書かれていた「命を救っていただいた思いです」という言葉です。読んだ瞬間、涙が溢れてきました。
私たちは、薬をつくっているわけではありません。しかし、あんこを通じて人々に生きる力を届けることができたのかもしれない。そう思えた体験は、あんこの持つ可能性をさらに強く信じさせてくれました。
餡MMu(あんむー)の特徴は、登山中やマラソン・ロードバイクなどの最中、勉強中や職場の休憩中など、「いつでも」「どこでも」「誰でも」気兼ねなく取り出して「飲む」ことができる点です。
いまでは患者さんだけでなく、医療・福祉従事者に向けて、餡MMu(あんむー)を使ったサポートをする取り組みにも注力しています。病院や介護施設では夜勤もあるため、食事の選択肢が狭まり、精神的に大変なときもあると聞きます。あんこは脂質も少なく、おいしくエネルギーを補給できるため、心身ともに元気になれます。
販売以来、購入者の着眼点に驚くことが数多くありました。以前、福岡県の病院に餡MMu(あんむー)のサンプルを提供しに行った際、一番盛り上がった話題は味やデザインについてではなく、「どうやって使うか」でした。
直接飲むだけではなく、「私はパンに塗った」「僕はヨーグルトに混ぜた」「スムージーにするとおいしかった」「アサイーと一緒に飲んだら良さそう」など、どれも新しい気づきばかりです。
既存の枠から外すなら、あえて極端に振ってみる。そうした思考が功を奏して、多くの人が使いやすくて利用シーンの広い、未知の良さを孕んだ商品が生まれました。
新たな売り方が、伝統の味を遺す
和菓子やあんこの魅力を伝えるなかで常に考えるのは、いかにして伝統を守るかということです。
揺るぎない歴史のある和菓子文化がなくなることは、まず想像できません。これは私が和菓子業界の人間であることに関わらず共感していただけると思います。
一方で、小さな和菓子屋は次々と廃業し減少の一途を辿っています。特に地方では家族2~3人で経営しているような小さな和菓子屋が多くあります。原材料や光熱費などの価格高騰に対応しきれず、和菓子づくりをやめてしまう会社は今後さらに増えるかもしれない。すると、地方ならではの味が失われていきます。
和菓子は全国どこでも同じ味ではありません。佐賀には焼き菓子「丸ぼうろ」があり、熊本なら「陣太鼓」があるように、企業独自の商品とともに地方独特の味が存在します。地方の和菓子屋は、ただ商売をしているというだけでなく、その地方の味と文化を守る存在でもあるのです。

和菓子を一つひとつ手作りする様子(市丸剛社長)
10年以上前から「若者の和菓子離れ」が叫ばれてきました。その理由のひとつは、和菓子に触れる機会の減少です。
二世帯以上の家族が同居する家庭が多かった時代は、食卓にお団子や饅頭が並べられ、世帯を超えて一緒に和菓子を食べる光景が一般的でした。いわば世代間をまたいだ「食文化のシェア」が日常的に起きていた時代です。
しかし核家族化が進むなかで、世代間で食文化がシェアされるシーンは減っています。これからは、私たちのような和菓子企業がそうした役割を担う必要があります。
マクロな和菓子文化は残っても、ミクロで見たときに地方の味が失われ、食文化が後世に伝わらなくなっている。この状況に歯止めをかけ、地方ならではの味が、若い世代に脈々と受け継がれる和菓子文化をつくらなければなりません。
その施策の一手として私たちが構想しているのが、パウチにあんこを詰めた餡MMu(あんむー)の“ご当地バージョン”の開発です。
餡MMu(あんむー)は想定以上の広がりを見せた自慢の商品であり、製造には多少の手間や、特殊な機械と工程も必要です。しかし、言ってしまえば「ただパウチにあんこを詰めただけ」のもの。要するに、どの和菓子屋でも真似できる商品です。
特許を取らないのかと言われることもありますが、和菓子の伝統を守るためなら、抱え込むより他社と手を組んだほうが良いのは明らかです。そこで、さまざまな地域の和菓子屋が、その店のあんこをパウチに詰めて販売できるようにしたいと考えています。
餡MMu(あんむー)の良いところは、スタイリッシュで、保存が利き、手軽に飲めること。さらにこれまでの検証で、若者世代にも受け入れられやすいことがわかっています。地方ならではの味を残すために、「ご当地あんむー」は大いに寄与できるはずです。
餡MMu(あんむー)がひとつの実証を示したように、届け方を少し変えるだけで、地域の味を後世に永く遺していけるはずです。ゆくゆくはマヨネーズや醤油のように、どの家庭の冷蔵庫にも、あんこのパウチが1~2本くらい当たり前に保管されている状況をつくりたいと考えています。
もちろん競合が増えることは承知のうえです。ただ販売形態は似通っても、味のクオリティは負けません。他の店もきっと同じ思いでしょう。味は守りながら、「売り方」は汎用可能にしていくことで、業界は少しずつ盛り上がりを取り戻していけるはずです。
歴史の一部を預かっているにすぎない
足しげく通ってくださる地元の方々のおかげさまで、こうして長年にわたり安定した経営ができています。和菓子やあんこの未来を描いても、自分たちの足元が安定していなければ、砂上の楼閣になります。社会を巻き込んだ大きな理想を掲げるならば、自社の基盤を整えることは欠かせません。その基盤のうえで、さまざまな施策に命が宿ります。
私は折に触れて、滋賀にある老舗の和菓子屋「たねや」の山本昌仁社長の言葉を思い出します。
「僕たちは、長い歴史の一時(いっとき)を預かる点にすぎない」
経営者は会社の長い歴史のわずか一時を預かっているだけ。同じように、私たち和菓子屋は、伝統文化の歴史の一時を預かっているのです。
預かっているのだから、私物化するのは間違っている。預かっているのであれば、次の世代へと還すときには、綺麗な状態でなければならない。私たちに託されているのは、連綿とつながれてきた歴史の「灯」をつなぐことだと思うんです。
だからこそ、いまの自分たちの取り組みに固執するだけでなく、業界をより良くすることに意識を向けていきたい。
「次の世代に託すこと」を何より強く意識しながら、和菓子文化にどう寄与できるか。地道な模索を続けていきたいと思っています。
編集:金藤良秀、文:高木楓(以上、クロスメディア・パブリッシング)